森川さんの弔意

 

東レの知人に、弔辞を送って連絡しました。それに対する返事です。

森川君の人柄が偲べます。

 

武山さん

本日の森川さんの葬儀の際の弔辞ご苦労様でした。拝聴しながらお二人は本当に京大時代からの長いお付き合いだったのだなと感じるとともに、森川さんのこれまでのお仕事、業績を認識するとともに、明るく前向きに生きて来られた個人の性格がわかる心温まる弔辞でした。告別後相武台駅のそばの蕎麦屋で、参列していた辻、依田、菊池、泉、小山、三井、実生、寺田、中山、岩本さんらと故人の思い出などを話しました。数年前から、昼飯会と称して、森川、菊池、黒田,谷村の4人で時々六本木(森川さんの好きなドイツ料理の店)、新橋、横浜などで昼飯をたべながらだべっている会を作っていて、一昨年横浜のみなとみらいで高分子学会の創立50週記念大会の時に、胃がんの手術を受けて、元気になられた蒲池さんともメールで連絡して5人であつまり、森川、蒲池さんの病気から回復されたことを伺ったりしました。実は今年も年末までに昼飯会をやる計画でこの間の日曜、9日に森川さんをはじめ3人の方にご都合をメールで聞いていた最中でしたので、訃報を聞いて本当に驚きました。

 

弔辞のコピー送付有難うございました。昨日葬儀から帰宅したら大阪の蒲池さんから、家に電話があったらしく私が火曜日に出した森川さんの訃報を福井工大から昨日帰られて驚いて電話されてきたようです。

昨夜竹田さんと蒲池さんには、葬儀の様子をメールしておきました。

 

谷村正満

 

森川さんへの弔辞ご送付戴き有難うございました。流石に大学と会社の両方での友人でないと書けない、故人を彷彿させる弔辞だと思います。私は最近まで10年以上森川さんにはゴルフとその後の宴会を何度もお付き合い戴いておりました。森川さんの先輩風を吹かさない気さくで、一緒にいて楽しいお人柄と、伊藤さんに徹底的に尽くしておられるご様子にいつも感服しておりました。もうお会いできないと思うと非常に残念です。

 

                                                 泉 善二

 

今村君と今村発メールの宛先になっていた下記の人達へ、弔辞を転送させてもらいました。

野木立男、西村迪雄辻二郎、木地実夫

 

保坂俊太郎

 

森川さんが亡くなりましたか。同年代の友人・知人の訃報を聞くのは辛いことです。今年は、小生が三島研究室時代に一緒に仕事をした鈴木久雄さん(39年入社)の訃報を聞きました。

                                                                                       

藤井滋

 

森川さん亡くなられたのですか。ご病気であることも知りませんでした。心からご冥福をお祈りします。森川さんとは経営企画室時代同僚で、正義感のある良い方でした。誠に残念に思います。

                       菊川 高欠(一字でノボルと読む)
 

弔辞拝読させて頂きました。よくわかりました。

有難うございます。

森川君の死は少し早過ぎました。

竹田弘

 

真心溢れる弔辞を拝読しました。小生の思いでとしては旅行作家の種村直樹(功太郎さんの子息)の本を頂いたことです。膳所高校の同級生と聞きました。昨年9月に昭和40年ころまでの星野敏雄所長時代を知るメンバーで同窓会でお目にかかって一応治ったといつもの人懐っこい笑顔ではなされていたのが目に浮びます。 合掌。

                                                   京極浩史

 

私が1982年にTDCに移ったため、森川さんのご活動についてはそれ以前の限られた部分しか存じ上げませんでしたが、心のこもった弔辞により大学以後のご一生を改めて知りました。同窓のご学友との親しい交流が最後まで続きお幸せだったと思います。ご冥福をお祈りします。

                                          田代茂夫

 森川さんへの弔辞読ませていただきました。武山さんとは因縁浅からぬ中なのだなと、そして仲の良かった友をなくされた悲しみが伝わってきました。東レ時代のことはそのとおりで、誰とも喧嘩せず、そのくせ自分の道をマイペースでしっかり進んでおられたのを思い出します。小生は森川さんの奥さんとは商研に同期入社で、森川さんにマドンナを攫われてみんなでうらんだものでした。

 

青谷 寛 

                    

 

   森川正信様のご逝去の報に接し、心からお悔やみ申し上げます。

小生は森川さんの健康状態について全く知りませんでした。数年前、何かのパーティーでお会いして、風貌も殆ど変わられず、お元気そうに話をしていただきましたので11月13日に葬儀のご連絡を受けるとは全く思っても見ませんでした。

 

森川さんには東レで小生の上司になっていただいたことは無かったのですが、入社前から存じ上げておりました。森川さんは貴殿の弔辞の中にもあるように、小田研の大先輩で、小生が大学にいたときに、小田先生のところで博士号を取られました。ドイツ留学の時の研究成果等を博士号の審査会でプレゼンテーションするために森川さんが京大に来られたとき、小生がそのスライド係を仰せつかったのが最初であったと思います。その後、小生の直接の指導助教授でありました田伏岩夫先生の所に長靴を履いて良く来られていました。小生が東レを選んだ背景には森川さんの存在があったと思っています。

貴殿の弔辞を読ませていただき、森川さんの素晴らしさを改めて感じました。田伏先生に森川さんは何故大学に残られなかったのかを聞いたときに、「頭が良すぎたから残らなかった」言われたのを今、思い出します。田伏先生も素晴らしい頭脳をお持ちでしたが、その先生が言わ

れるくらいですから、・・・・。

森川さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。

 

                                         東レ(株)    岡田武彦

 

 

森川さんと同窓とは知りませんでした。素晴らしい、心のこもった弔辞、感動しました。大変有難うございました。

 

寺田弘司

 

  メール有難うございました。晴天の霹靂でした。

  森川さんには、2年半前(私がTRCを退任した2001年5月)に大変 お世話になりました。TRCをやめる当たり、TRCの生みの親であり、 初期のころの社長でもあった伊藤さんにお礼に伺おうと思い立ち、 森川さんにアテンドをお願いした時のことです。快くアテンドを引き 受けてくださった森川さんはお元気で、ご病気の伊藤さんの面度を 非常によく看ておられる様子にて、サラリーマンには珍しい行為だと、 感心されられた記憶があります。それ以来賀状などを頂戴するに つけても、伊藤さんの近況が添えられており、 ますますその思い が致しておりました。お人柄なのでしょう。ご冥福をお祈り申し上げ ます。

  武山さんの滋味あふれる弔辞にも感銘を受けました。私も同じこと ですが同級生は目減りする一方です。お淋しいことでしょう。

 十時 稔

 滋賀女子短期大学・生活学科