2003.10.13

西 村 三千男 記

 

「インフルエンザ・ワクチンの雑学」

 

武山さんご指摘のように、この冬場に再びSARSが流行するとそれとインフルエンザ

と混同するトラブルが予想される。そのトラブルを回避しようと航空会社などが社員全員

に集団接種するほか、一般市民でも今期はワクチン接種を希望する人が増加すると予想し

てワクチンメーカーは増産モードで今期の製造を終えている。

 

インフルエンザワクチンのメーカーは小さな研究所的な企業ばかり5社(北里研究所、

阪大微研、化血研、千葉血清研、デンカ生研)であったが、うち1社(千葉血清研?)が

撤退して4社体制である。その内のデンカ生研は電気化学の優良子会社である。約25年

前にバイオ事業への足掛かりとして東芝から買収したものである。電化の専務時代(19

96〜2000)に同社の非常勤取締役を兼務した。その機会にインフルエンザワクチン

についても種々の見聞をしたが、その耳学問に基づく雑学を以下に列記してみる。

 

1.次期流行するインフルエンザ型は国が予想する

  

インフルエンザには○○A型とか△△B型とか最初の発見場所を冠した型式がある。

 次期にはどの型が流行するかを国が予想し、ワクチンメーカーはその種ウィールスを国

立感染症研究所(旧国立予防衛生研究所)から受け取って培養しワクチンに仕上げる。

 

2.3種のインフルエンザ型ワクチンが混合されている

 

  どのメーカーも予想型ワクチンを3種混合して製剤化する。実際の流行型がその3種

 の中にあればワクチン接種が有効となる。近年は大体的中しているそうだ。同じ型式に

も更に次々と亜型が出来て、毎年インフルエンザに罹っても体内に蓄積した抗体だけで

は予防しきれない。1シーズンの前半と後半に2度の流行ピークが来る年もある。前半

の流行時の免疫が効かない型が後半に流行するので前後で型式が異なり、1冬に2度罹

る人も出てくる。

 

3.培養宿主は有精鶏卵

 

  ウィールスを培養する宿主は有精鶏卵である。清潔な環境で生産された有精鶏卵を孵

卵器に入れ「ひよこ」になる途中でウィールスに感染させて、そこから抜き出した尿漿

を原料にしてワクチンへと製剤化する。ワクチン1本製造するのに有精卵2〜3個を使

う。今期の全メーカーの合計生産量は1450万本と云われているので、3500万個

程度の有精卵がワクチンの仕込み時期に集中して納入された筈である。有精鶏卵を生産

する農家はインフルエンザワクチン生産に必須のインフラである。

 

4.根強いワクチン接種反対運動

 

  インフルエンザワクチン接種は有害無益(副作用のリスクはあり、効果が無い)と主

張する根強い反対運動がある。厚生省が医師会と製薬業界の利益のために有害無益な集

団接種をすすめていると批判する。‘90年代初頭に日本を代表する全国紙のA新聞が

少数の副作用死亡例を取上げて強烈にこの反対運動を先導した。この問題は国会でも議

論されて、‘94には予防接種法が改正された。集団接種は中止され任意接種のみとなっ

た。一般市民の間でも「ワクチンを接種したのにインフルエンザに罹った」経験や接種

反対キャンペーンの効果で「高くて、痛くて、効果が無くて、副作用がある」ワクチン

接種は殆んど誰も希望しなくなった。インフルエンザワクチンの製造出荷量は数十分の

一にまで激減し、生産体制は上記の有精鶏卵農家のインフラと共に壊滅した。

 

5.V字回復した

 

  集団接種を中止し、ワクチンの供給力が壊滅して間もなく、全国の老人ホームで年々

インフルエンザが流行するようになった。1人が罹患すると全ホームに広がり1室4人

全員が死亡するなどの深刻な事態となった。‘97には香港で新型のインフルエンザが

猛威をふるい世界中を震撼させた。また‘98〜99の冬はインフルエンザが大流行し

TVや週刊誌などがスペイン風邪まで引用して世間の不安を煽動した。そしてあのA新

聞を含む全国紙がワクチンについて厚生省の無策とワクチンメーカーの供給責任を糾弾

した。厚生省はメーカーに増産を指示し、老人ホームでの接種費用の国費による補助を

始めた。メーカーにとっては理不尽な批判ではあったが、生産を大幅縮小または中止し

て年月が浅かったのでワクチン製造体制も有精鶏卵のインフラもスムーズにV字回復出

来た。デンカ生研の非常勤取締役を兼務したのはこの時期であった。それ以来年々倍増

してきて来年のシーズンには最盛期の量にまで回復しそうである。

 

6.A新聞科学部の良心は?

 

 反対運動に根拠が無かった訳でもない。往時は学校や自衛隊の様に人が大勢集合し、

従って集団接種容易な場所での流行を防止すれば社会全体の流行抑止にも効くと考えら

れていた。インフルエンザの罹患リスクが高いのは老人であって、学童や自衛隊ではな

い。インフルエンザの流行型の予想が外れることもあったらしい。また、ワクチンにも

ある種のアレルゲンを含む安定剤が添加されてもいた。しかし、その当時でも副作用は

あってもそれを遥かに超える効用はあったのである。

 

反体制運動が大好きなA新聞ではあるが‘90年代初頭のワクチン接種反対のキャン

 ペーンと後年のワクチン供給責任糾弾とはどんなに強弁しても整合しない。社会を混乱

させて人命と国民経済的な損失とを招いた責任のかなりの部分はA新聞にあると思う。

反対キャンペーンは社会部が主導したのだろうが、同社内の科学部は共犯者かそれとも

傍観していたのか、A新聞科学部の良心はどうなっていたのだろうか?

 

7.有効率とは?

 

  A新聞は沈黙しているが、今もワクチン接種反対運動は根強く残っている。厚労省は

政策の裏付けデータを採取するために研究班を組織して老人ホームでの接種の有効率を

大々的に追跡調査した。「有効率約80%」が答えであったと記憶している。これを常

識的に解釈すれば「有効率80%とは接種した人100のうち、80に効果があって、

20には効かなかった」だと思うがそうではないらしい。正しくは「インフルエンザに

罹って死亡した人100が、もしワクチン接種していたと仮定すれば死亡せずに済んだ

であろう比率が80だ」と云う。推計方法は知らない。

 

 この調査班の研究結果によるのか別の根拠からか不祥だが厚労省は

「ワクチンを接種しているとたとえインフルエンザに罹っても軽くて済む」

「体内に免疫の蓄積がない若年は2回接種が必要であるが、成人は1回接種で有効」

とする新しい見解を発表した。

 

8.新しいワクチン

 

  有精鶏卵を孵卵器にかけて尿漿を採取する現行法は時間もコストもかかる。種々の次

世代ワクチンが世界中で研究されているが未だ実用化には至っていない。

    カイコの様な昆虫を宿主とする研究がある。

    スペイン風邪のような大流行が始まってからでもワクチン製造を間に合わせるには

タンク培養が望ましい。

    注射ではなく点鼻薬や貼付薬になれば接種が格段に容易になる。

    遺伝子組み換えでもっと有効に、もっと低毒化出来ないか。

などである。

 

                                     以上