2003.8.15

西 村 三千男 記

連載「ポコポコ・イタリアーノ」

 

第4回 イタリアの達人/小林元氏のこと

 

1.東レOBの小林元氏はイタリアの達人である。

 

氏をご存知のアイソマーズも多いかと思うけれど、念のためご略歴をご紹介しよう。

慶応大(経)卒。東レで海外事業に携わって30年。その間13年間ミラノに駐在し、

アルカンターラ社(スェード調人工皮革の製造販売会社)を手塩にかけて経営し、遂に

東レの超優良子会社へと育て上げた功労者。

現職は東レ経営研究所の「小林イタリアオフィス」代表。文京学院大客員教授。

最近は、日本各地からイタリアに学んで地域振興を計ろうとする趣旨の講演依頼が殺到

しているそうだ。

 

昨年11月に氏の講演を聴く機会があった。近年のイタリアのビジネスや社会が元気

である理由を分析する内容であった。永年ミラノに滞在した実体験に基づく評論は説得

力があり、私にとってすこぶる収穫の多い聴講となった。

 

この日の演題に関連するが、イタリアンビジネスを今日的に理解するのに好適な氏の

著書がある。

「人生を楽しむイタリア式仕事術」(日経ビジネス人文庫、2002年3月)。

 

講演の「さわり」の部分を私の関心の度合いで整理して下記する。この薄くて読み易

い文庫本を併読されると小林氏の論旨、その基となる駐在経験、分析等が適確に把握で

きると思う。

 

2.アルカンターラ

 

 ・ミラノ市に本社を置く「スェード調人工皮革の製造販売会社」

 ・設立:1974年

 ・資本金:約15億円(東レ 70%、三井物産 30%)

 ・業績(2000年):売上 約180億円/年、 利益 約60億円/年

 ・従業員:約530名

 

 第1段階(1974〜85年):

設立当初は「シワにならない、虫がつかない、家庭用洗濯機で洗える」衣料用の人工

皮革として機能性をアッピールして西独市場にブームを巻き起こした。当時豊かであっ

た西独のビジネスマン、ビジネスウーマン達にこの高価な素材のコートやジャッケット

が流行したのであった。

 

第2段階(1986年〜):

10年を経過して、西独市場に「飽和観とアキ」出てきた時にイタリア人幹部スタッ

フ達は斯かる場合の常套手段、即ち売価を下げて数量を伸ばし、売上と利益を確保する

手法に反対した。彼らが主導したのはビジネスモデルとターゲット市場の転換だった。

「天然皮革にはない色のバラエティやクールな風合い」という感性をアッピールして、

家具や自動車のインテリア用として先ずイタリア、南仏、スペインなどの地中海諸国に

ブームを起こした。これが90年代後半からは北欧、中欧等へも爆発的に広まった。

 

3.成功のモトはイタリア人のライフスタイル

 

 小林氏は上記のアルカンターラの第2段階の成功はその発想も含めてもイタリア人の

ライフスタイルに根差すと分析する。たとえ高価であっても感性の優れた衣服を身に着

けたい、感性の優れた家具や自動車で周囲と差別化したいという気持ちが根底にある。

 イタリア人が「機能」よりも「感性」を重視することを小林氏はミラノで開催された

メガネフレームの見本市を例にとって次の様に端的に説明された。その見本市で、日本

の代表的なメガネフレーム産地である鯖江からは、途上国の安値攻勢に対抗するために

形状記憶合金や軽量のチタンで差別化を意図したものが多数出品されていた。しかし、

イタリア人はそれら機能重視の商品には眼も呉れずに色やデザインの優れたものに関心

が集中したという。

 なお、アルカンターラの第1段階を機能性で西独に売ろうと企画したのもイタリア人

のビジネス感覚であったと小林氏は述べている。

 

4.第3のイタリア

 

 第2次石油危機以降のイタリア経済の発展、なかんづく最近20年のイタリア経済の

大躍進を支えたのは「第3のイタリア」の「モノ造り中小企業群」だと言われている。

従来からイタリアには「勤勉な北イタリア」と「怠惰な南イタリア」の2つの異なる

イタリアが同居していると言われ続けてきた。そのどちらにも属さないという意味から

「第3のイタリア」と呼ばれる。具体的にはイタリアの中部と北東部とに存在する多数

の「モノつくり」に特化した産地群を指している。その中にはフィレンツェ、ボローニ

ァ、クレモナ、ヴェネツィア等も、またミラノの一部をも含まれている。

産品はアパレル、靴、鞄、アクセサリー、食品、玩具、磁器、楽器、家具、機械等々

多岐にわたっている。これらは「伝統的産業」であり、謂わば「ローテクノロジー」で

ある。その起源は、塩野七生さんの「ローマ人の物語」によると、紀元前9世紀に既に

鉄器の製造技術を有していて「技術と通商」のみで繁栄を続けたエトルリア人である。

古くは産業革命からも、また第2次世界大戦後の「奇跡の経済成長」からも取り残され

てきたものが、2度の石油危機を経て「成長の限界」に気付いた20世紀の最終盤の世

界に再び開花したのであった。

 上述の著書に昨今のイタリアの元気がこれら「伝統的産業」、「ローテクノロジー」

によるものであることが統計データで示されている。商品カテゴリー別にイタリアと日

本との輸出シェアーとその伸長率を比較することで検証している。また、別のOECD

のデータから同じ論旨を説く小林氏の論文が日経新聞の経済教室(2002年5月3日

付け)にも掲載された。

小林氏によるとイタリア的製品開発と独特のマーケティング手法とを組み合わせた新

しいビジネスモデル(これを第3のイタリアモデルと称する)が生まれている。例えば

海外でライセンス生産するのは止め、全て製造は「Made in Italy」に拘わり、販売は

グローバルに展開するのが特色である。数々のイタリアンブランドが世界各地で大成功

している理由の一つがここにある。

小林氏が日本各地から講演会講師に引っ張り凧ことなっているのは、各地の商工会議

所などが「伝統的産業」や「ローテクノロジー」で地域おこしが出来るのなら研究して

みたいと考えるからであろう。

 

5.小林氏に聞いてみました

 

 この講演を聴く約1ヶ月前、たまたま私はイタリア旅行中にボローニァを訪ねた。格

調高い古都が活気に満ちていた。この活気を支える地場産業があるに違いないと漠然と

想像していた。講演会の後の立食パーティで小林氏にその理由を質問した。

 「ファッションとローテク機械ですよ。例えば紅茶のティーバッグを折りたたむ機械

はボローニァが世界シェアーの70%を占めている。」と明快であった。

 その分野はかっては日本の得意の領域でもあった筈だが、そう云えば我が日本は近年

それら「ローテクノロジー」を疎略にしてきた様でもある。

 

(以下次回)