2003.11.17

西 村 三千男 記

連載「ポコポコ・イタリアーノ」

 

第7回 スローフード、スローライフ

 

人は「生きるために食う」のか「食うために生きる」のかという設問があるが、イタ

リア人は明らかに後者の立場をとる。「より美味しいものを食べる、より美しいもので

装う、より快適な住まいに住む」ことを人生の目標としている。その中でも特に「食」

に執着するというのが定説である。話題のスローフード運動の原点はここにある。

 

 スローフード運動はファーストフードに対するアンチテーゼとして始まった。ローマ

にマクドナルド1号店が進出する計画に反対するNPO運動として、イタリア、ピエモ

ンテ州のブラという小さな村から始まったと伝えられている。TVで筑紫哲也氏がその

村をルポルタージュする番組放映を観た。提唱者はファーストフードのことを「車にガ

ソリンを給油するような食事」と蔑んだ。イタリアではビジネスランチでも2時間もか

けて「ゆっくりと、たくさん」食べることが多いが、スローフード運動とはこのような

イタリア式食事を奨励するという単純なものではない。衣食住全般にわたり感性を大切

にし、快適な人生を送ろうというスローライフ主義なのである。

 

 スローフード運動のもう一つの理念は地産地食運動である。国の内外から搬入される

安価で均質な食材をなるべく使用しないで、その地で生産され、古くから食べ継がれて

きた食材を大切に守り育てようとする考え方である。この中には、「放置すれば消えて

行く食材を保存する運動」も含まれている。伝統食材を生産する基盤が荒廃し、取返し

のつかない状況になってしまう前に、食材と食文化を守ろうとする明確な意思がある。

この点を省みて我が日本国の現状はどうか。米以外の穀類、野菜、果実、酪農品、水産

物など殆んど全ての食材を輸入に依存し、その生産基盤である農地、山林、漁場が次第

に荒廃してきている。いま、スローフード運動を推進すべきはイタリア以上に我が日本

国なのではなかろうか。

 

女流作家の島村菜津氏は東京芸大でイタリア美術を専攻しイタリアを再三訪ねるうち

に、「スローフード運動」に共鳴し、それを日本へ紹介した一人とされている。イタリ

ア語も日本語も上手に操る若手の才媛でTVなどのメディア,講演会等で頻繁に活躍さ

れている。1999年からスローフード協会東京支部が設立されたが、氏によるとグル

メ同好会と誤解されることがあるが決してその様なものではなく、むしろ自腹を切って

奉仕するNPOボランティアであって、協賛会員数もなかなか増加しないという。電車

の中のつり広告によると、同支部が「ソトコト」という月刊誌を刊行している。まだ手

にとって読んだことは無く、その内容も知らない。

 

イタリア料理が美味しいのはイタリア人が「より美味しいものを食べる」ことに熱心

であることが最大の理由であろう。オリーブオイルを例にとろう。オリーブ農家は良質

のオリーブを栽培する努力をし、搾油工程では伝統の技を守り、流通過程でも熟練の目

利きがチェックし、リストランテでは何とオリーブオイルリストまで備えてカメリエレ

が客の選択を援助する。客は客で気に入ったオリーブオイルをボトルキープしてこだわ

る。これはワイン、チーズ、生ハムなどでも同様である。美味しいものを食べるために

国を挙げての総力戦である。

 

イタリアでは食に関係した職業の社会的地位が高いとされている。中でも一流リスト

ランテのカメリエレは憧れの職業だという。外国語が2〜3カ国語話せ、話題も豊富な

教養人とみなされる。IDカードにカメリエレとしてのキャリアを証明していて、当人

はそれを誇りにしているそうだ。また、イタリアを旅する度に感ずるのだが「一流リス

トランテの料理」だけでなく、「トラットーリアの軽食」も「ピッツェーリアのピッツ

ア」も街角の「バールのコーヒーやサンドイッチ」も全てがそれなりに美味しく出来て

いる。

 

(以下次回)