2003.4.17

西 村 三千男 記

 

余談「世界の火酒」

世界中どこへ行っても、その土地々々に火酒があるのは驚きである。それらはその

土地の食文化と密接不可分な関係で相互に影響しあいながら育まれてきたに違いな

い。また、その食文化も火酒の文化も進化する過程でその土地の気候風土の影響を

受けてきたであろう。異国の旅先で珍しい火酒に出会い、それに魅せられてお土産

として持ち帰り、感激を再現しようと試みたことが幾度かあるが大概は成功しなか

った。現地の料理と気候風土をそっくり誂えることは難しいからであろう。結局、

「テイスト」は充分に再現されずに「センチメント」だけが先行する歯がゆい経験

をする結末となる。

我がHP上で昨年はウオッカが話題になった。武山さんと中村さんの間で異国の珍

しい酒も採り上げられた。また今年は乙類焼酎でにぎわっている。

ここでは、ウィスキー、ブランデー、ウオッカ以外の「世界の火酒」について概ね

体験に基づいた余談を綴ってみよう。

 

1.インド・ジン

現地の日本人居住者が「インド・ジンは美味い」という。インドの旧宗主国は英国

だから、ジン好きの英国人がその味を持ち込んで育てたのかも知れない。

ところで、インドに旅するときは生水を飲まないようにと注意される。下痢を惹起

するリスクが大きいからである。生水やカット野菜、カットフルーツに細心の注意

を払いながら、うっかりオンザロックスを注文してしまい、その氷が原因で下痢し

た失敗談をよく聞く。インドでは航空機の機内食や一流ホテルのバーで提供される

氷でも衛生面の保障が無く、危険だと言われる。氷抜きでは火酒の飲み方も限定さ

れる。ジンをストレートまたは冷したトニック水で割って飲むのは有力なチョイス

である。試してみて「なるほど、美味しい!」と思った。

ニューデリー空港の免税店でインド・ジンをお土産用に買ったが、バッグを床に下

ろした途端にボトルが破損してしまった。私だけではなく周囲で他にも同じトラブ

ルが発生していた。多分取り扱いの問題ではなく、ガラスボトルの強度、品質に欠

陥があるのだろうと買い直すのを諦めた。

 

2.ジュニーバ(オランダ・ジン)

オランダではジュニーバという火酒が食前、食後によく飲まれる。時にはビールを

飲んでいる途中にも飲まれる。ホテルの部屋の冷蔵庫(ミニバー)には殆んど例外

なく「若いジュニーバ」、「熟成したジュニーバ」の50mlくらいのミニボトルが置

かれている。オランダ人はレストランやバーで注文する際に通常はこれらをジンと

は呼ばずに、「ジュニーバ」とか「若いの」とか言う。私は長らくこれらをジンに似

た味のオランダ特有の火酒だと思い込んでいた。日本の本格焼酎は南九州の中小の

醸造元で手造りされるのに対し、ジュニーバはハイネケン、ボルス等の大手酒造会

社が製造販売している。

オランダ人の友人からまことに意外な話を聞いたことがある。銘柄ものの熟成ジュ

ニーバはその新酒をコニャックの古樽に詰めて、熟成の目的だけのために船倉に積

み込んでオランダからインドネシアへ一航海往復したものが珍重されると言うので

ある。船倉での温度履歴と振動履歴、更には古樽との物質交換などが交絡して微妙

な効果を発揮するのだそうだ。ヒューストン在住の長男とこれを話題にしたら、彼

も同じ様な話に出会ったことがあるが、彼の場合はコニャックの樽ではなくワイン

の古樽と聞いたと言う。いまインターネットで検索してもその様な話は見付からな

かった。先般の桜の開花期に約2週間オランダから古い友人が来日し、新潟、長野、

京都、奈良等の各地を共に旅行して遊んだ。その道中でこの話題を確認したところ

彼は知らなかった。誰にもよく知られた話でもなさそうである。

彼から手土産にCorenwyn (BOLS)というジュニーバの銘柄古酒を貰った。陶製の

ボトルで番号付きである。インターネットに写真入りで紹介されているのを見付け

た。

 

3.杜松(ねず)

先にHPに紹介した東山魁夷著「馬車よ、ゆっくり走れ」に杜松(ねず)という植

物が出てきた。漢字も読みも珍しいし、これを知らなかったので広辞苑で調べたら

「ヒノキ科常緑針葉樹.ヨーロッパ産の実はジンの香り付けに用いる.」とある。

インターネット検索すると、ジンと関連した情報が満載されている。英国、オラン

ダ、フランス、ドイツ、イタリア、日本等の各国独特のジンの味の差異は杜松の実

の使い方によるもののようである。

英語で杜松の木はJuniper、実はJuniper Berries、オランダのライデン大学でこれ

を蒸留酒に漬け込み薬用酒としたこと、オランダ・ジュニーバ(Jenever)がジン

の元祖らしいことが記述されている。また初体験の頃からジンには松ヤニ臭を感じ

ていたことは納得できるし、日本の酒税法でジンがリキュールに分類されている理

由もスッキリと理解出来る。

 

4.ドイツ・シュナップス(シュタインヘーガー、ウンターベルク)

ドイツやオランダでは火酒・スピリッツのことをシュナップスとも言う。シュタイ

ンヘイガーは知る人ぞ知るドイツでポピュラーなシュナップスである。ジンの仲間

らしいが、ジンとは風味が異なるしドイツ人からもジンと呼ばれることはない。上

述のオランダ・ジュニーバと同様、食前、食後またはビールの間によく飲まれる。

健胃作用とでも言うのか、ビールで冷え過ぎた胃袋を保護する為だと言い訳しなが

ら飲む。多分、ビールの低アルコール度では物足りなくて火酒で補足するのが本当

の理由であろう。

因みに、健胃と言えば、「ウンターベルク」と言う健胃専門の食後酒もある。養命

酒のような薬草酒であるが食後に好んで注文する人がいる。誰が持ってきたのか、

現在も我が家のサイドボードに「ウンターベルク」が数本入っている。家族の誰も

これを飲もうとはしない。度数が44%と高い。20mlのミニボトルをクラフト

紙で包んだ独特のパッケージは37〜8年前と変わっていない。

 

5.キルシュバッサー

キルシュはドイツ語でサクランボのこと。ドイツにキルシュバッサーという火酒が

ある。チェリーブランデーというマイナーな火酒もあるがそれとは別物である。チ

ェリーブランデーはサクランボをスピリツに漬け込んだリキュールであるのに対し

て、キルシュバッサーはサクランボの果汁を発酵して蒸留した火酒だそうだ。

「キルシュバッサーは52%、2杯飲んだら104%」

というナンセンスなジョークが飽きずに語り継がれている。

 

6.アクアビット

北欧3国(デンマーク、スェーデン、ノルウェー)にはアクアビットという火酒があ

る。「アクアビット」はスカンジナビア語で「生命の水」を意味するそうで、フランス

語のオードビ(ブランデー)に類似している。夫々の国で味が微妙に、または明らか

に違うと言われているが、私には識別出来ない。飲み方は共通していて、酒もグラス

も極端に冷やしてグラスの縁に霜が付く状態でストレートをグィと飲む。デンマーク

では例のオープンサンドイッチの食事と合わせて飲む。私はデンマーク大好き人間で

あるが、この火酒のこのスタイルの飲み方はどうにも好きになれない。

北欧3国では高い水準の福祉行政をまかなうために付加価値税(一般消費税に近い)

や酒・タバコ税、自動車税が異常に高く設定されている。輸入火酒であるスコッチウ

ィスキーやコニャックブランデー等は信じられないくらい高価である。いきおい、人

々はさほど高価ではないアクアビットかさもなければ妥当価格で美味しい北欧ビール

を飲むことになる。

 

7.ノルウェーの日曜、祝日には火酒は禁止である

更に、これはノルウェーだけの事情であるが、レストラン等で日曜と祝日には火酒の

注文は受け付けてくれない。一般のレストランだけでなく自分の宿泊しているホテル

のグリルやバーでも日曜、祝日は火酒禁止である。リカーショップでも日曜、祝日に

火酒を買うことは出来ない。以前、ホテルでその理由を尋ねてみた。「古い時代に、

南欧へサーモンを輸出して、その代わりにワインを輸入していた.ノルウェーの人々

はアクアビットを好み、輸入したワインを飲みたがらないので在庫が溜まり、サーモ

ンの輸出に支障を来たす.ワインの消費を促進するために、休日の火酒を法令で禁じ

ていた名残である.」との説明であった。

 

8.スリボビッツ

ハンガリー特産の珍しいスモモブランデーである。遠い昔のことであるが、丸くて平

べったいボトルに入ったのを頂戴した。ボトルは白い革にマジャール民族風の刺繍を

した素敵な着物を着せてあった。この特徴ある空き瓶を我が家の居間に永らく飾って

いたが、何時かの引越しで処分したのか今は無い。高貴な火酒だと思うけれど、あま

りにもマイナー過ぎるのかインターネットで検索しても容易にはヒットしない。

 

9.白酒(パイチュー)

中国ではスピリッツ類を白酒(パイチュー)と総称して、お馴染みの紹興酒等の黄酒

(ホワンチュー)と区別している。白酒では田中角栄が周恩来と乾杯し、痛飲して、

感激したと伝説される貴州の茅台(マオタイ)酒が有名になった。

出張から本場の茅台酒を土産に持ち帰ったけれど、やはり料理や気候風土とマッチし

ないためか現地で感激したような味わいは再現しない。

 

10.グラッパとカストリ

  イタリア料理のポピュラーな食後酒にグラッパという火酒がある。その素性はワイン

製造工程のブドウの絞り粕から発酵、蒸留したもの。従って、ブランデーほど高価で

はない。北イタリアにグラッパという地名があって、この火酒の名前の由来とも云わ

れている。

因みに、私の知るイタリア人は誰でも何故かフレンチコニャックよりもスパニッシュ

ブランデーを選好する。彼らは食後酒には主にグラッパを、稀にはスパニッシュブラ

ンデーを選ぶ。

絞り粕からカストリという火酒を連想する。日本酒の絞り粕(=酒粕)から造る焼酎

で古くから存在したらしい。それが第2次世界大戦の敗戦後の混乱期にはヤミ市で、

得体の知れない粗悪な密造酒を「カストリ」と称して提供していたそうだ。

大脱線するが、当時「カストリ雑誌」というエロ雑誌が存在したのを我々世代は微か

に記憶している。広辞苑からの情報を受け売りすると「カストリ」は3合飲めば酔い

潰れる、変じて「カストリ雑誌」は創刊3号で潰れるとの語呂合わせだったとある。

                                以上