「奥飛騨旅情の会」を無事終えました。        10月19日
 
 今年のはじめから計画していた「奥飛騨旅情の会」は、10月16日から17日に
かけて、秋たけなわの新穂高温泉で盛大に行われました。以下はそのご報告です。
 
 参加者は当初の予定より若干少なく、結局22人でした。夫婦での参加者(敬称略)
は、木下、郷田、武山、西村、藤牧、森川、伊藤エルの7組。そして単身参加者(敬
称略)は、伊藤ツヴァイ、今田、内本、大澤、大橋徹、永岡、宿本、吉田の各氏でし
た。
 
 初日の16日は、前日までの時折降った雨も当日は上がり、まずまずの天気。午後
3時頃から三々五々新穂高温泉の旅館「山月」に集まり、4時前には早くも全員集合
しました。当旅館は、雄大な北アルプスに抱かれた新穂高温泉の中では最高級の温泉
旅館で、宴会までのひとときを総桧造りの浴場と深山幽玄の趣のある露天風呂に身を
浸し、旅の疲れを癒しました。
 
 午後6時からは待ちわびた宴会が始まり、もうひとりの幹事である今田さんの発声
で再会を祝して乾杯のあと、飛騨牛のすき焼き/しゃぶしゃぶ/ステーキの中から各々
チョイスした料理と地酒など、贅を尽くした(?)奥飛騨の味を堪能しながら各人近
況報告を行いました。家庭菜園と健康維持、ゴルフ、孫のこと、いまだに講演や講義
をぶっている人、逆に学生に返って向学心に燃えている人、エッセイを書く楽しみ、
新ビジネスで一獲千金を夢見て興奮している話、別荘を建てる楽しみ等々・・・
(それにしてもアイソマーズ諸兄諸姉は驚くほどのこだわりとバイタリティがありま
すねー、感心しました!)。終わりに、カラオケ替りに、元京大合唱部の郷田さんの
指揮で全員で「紅燃ゆる」と「琵琶湖周航の歌」を声高らかに響かせ、お開きとしま
した。
 
 そのあと、部屋に戻って飲み直したのは言うまでも有りません。
 ついでに申し添えますが、さらにそのあと、有志の幾人かが夜空にまばたく星を眺
めながら、情緒たっぷりの混浴露天風呂に入り、大自然の温もりを肌で感じていると、
白い湯けむりを透かして豊満な姿態が見えるではありませんか。よかったですよー!
(何がよかったかって?それは伊藤ツヴァイさんのデジカメに写っていると思います
よ。)
 
 いよいよ明日はロープウェイで西穂高へ上る日。天気よ、良かれと念じながら眠り
につきました。
 
 明けて17日。
 天気は文句のつけようのない、文字通り快晴の飛騨秋天!アイソマーズ諸兄諸姉の
日頃の精進の賜と大いに感謝するとともに、天気予報に一喜一憂してヤキモキしてい
た幹事の重圧も一遍に吹き飛びました。
 
 朝食後、「奥飛騨旅情の会」は一応解散し、あとは自由行動ということにしたので
すが、大部分(16人)は東洋一を誇るロープウェイで西穂高口(標高2156m
まで上りました。ロープウェイがどんどん高度を上げるにしたがって朝日を受けて眩
しく映える見事な紅葉!思わず歓声とため息がこぼれました。44年前、アイソマー
ズの有志とともに縦走した笠ケ岳の稜線も何と懐かしく感じたことか!南岳の向こう
には凛々しく天を突く槍ケ岳のほこ先まで見えるではありませんか。最高の眺め!。
 
 西穂高口の展望台で仲間と別れ、内本さん、武山ご夫妻、伊藤ツヴァイさん、大橋
さん、宿本らと、さらに西穂山荘(標高2385m)まで登りました。
 ここで3人と別れ、内本さんと武山ご夫妻と一緒に上高地側へ標高差900mを一
気に下ったのですが、これが思いのほかきつく、小生の家内がついに膝を傷めて下山
予定が大幅に遅れ、内本さんと武山ご夫妻には多大なご迷惑をかけてしまいました。
(この場をお借りして、深くお詫び申し上げます)。
 テントを担いだ内本さんは、さらに上高地から歩いて徳本(とくごう)峠へ登り、
そこでテント泊して無事松本経由で帰洛された由。(スゴイですねー!怪物ですよ)。
 
 他のアイソマーズ諸兄諸姉も無事帰宅されたことと思います。みなさま、本当にお
疲れさまでした。
 
 ところで、次回のアイソマーズ総会について:
 二次会の席上、次回はドイツ(特にミュンヘン)へ行こうという案が提案されまし
た。ドイツといえば、我がアイソマーズのなかでは一家言お持ちの方が少なくありま
せんので、その方たちのご意見をまとめ、藤牧さんが計画を立案されることになりま
した。時期は、再来年(2005年)の5月下旬が濃厚ですが、善(?)は急げ!と
か、待切れない!などのご意見もあり、さて、どうなりますことやら。いずれにして
も乞うご期待です。
                          (文責)伊藤 一男