ドイツの洗濯場

 

 木下蘭子さんの『星のとき』に、一九六八年ドイツ在住時の話として、ヒーター付の大型洗濯機のことが出ています。また、西村さんの『フランス人とイギリス人とドイツ人と』に、ドイツの煮沸洗濯のことが出ています。文化の違いは面白いと思っていました。

最近、家内が入っている文章の同好会の雑誌に、面白い作品がありましたので、洗濯場の部分だけ紹介します。

作者は、ドイツ人と結婚され、一九六五年に渡独されたご婦人で、ミュンヘンの近くのグリュンバルトに住んでおられます。煮沸洗濯のことなど、ドイツ家庭の洗濯場の原風景(一九六五年当時)が読み取れます。義父母の家の状景です。

『文宴』中、梢ヤーロスさん『水』の一部です。

 

。地下室の一室は、ちょうど台所の下になっているのだが、洗濯室になっていた。

コンクリートの床の真ん中には、鉄製の格子戸の枠が嵌め込まれた排水用の小さな穴があった。広い部屋の五右衛門風呂ほどの大きさがある分厚いアルミニウム製の、がっちりした大釜が、竈にかけられていた。外壁のほうには、高窓とドアがあって、壁に沿うように庭に出るための階段があった。洗濯物を庭に干すことを考えての設計だった。

 大釜を見るや否や、私はヘンゼルとグレーテルの童話に出てくる魔法使いのおばあさんの住んでいる小屋の竈を現実に目の前に見ているような気持ちになった。白ペンキが塗られた四方の壁には、洗濯に必要な器具類が整然と掛けられてあった。グツグツと煮立っている洗濯物を掻き回すボートのオールかと思えそうな大きな木製のヘラとか、洗濯物を熱いお釜から取り出すときに使用する木製のピンセットや、日本のそれとは桁外れに大きな洗濯板などと一緒に、ガッチンと作られた大・中・小ブリキの盥があった。

 一九六五年ごろ、日本では電気洗濯機が急速に広まっていた時代だったが、ドイツでは、まだまだ高価な電化製品であった。ムター(ドイツの母を日本の母と区別するため、こう呼ぶ)がやるように地下室で煮洗いをしている家庭がたくさんあった。

 ドイツの建築法では、地下室なしの家は許可されないのである。

 まず材質別に洗濯物をおのおのの盥の水の中に漬けてからという手の込んだ洗濯法だった。

 一週間に一度の洗濯日には、午後の半日は十分に費やされたものである。盥は丸いものと思い込んでいたが、ドイツの盥は楕円形とか瓢箪型をしていて、両側には持ち運ぶときや壁に掛けるために便利なように、鉄の輪がつけてある。またしても合理的なゲルマン民族の頭の中をみる思いだった。

(中略)

 私の全自動洗濯機は、もうすぐ十年になろうとする古物であるが、故障を起こしたことがない。機内の温度が三十度から九十五度まで自由に調節でき、