サウンド・オブ・ミュージック

武山高之(2004.10.29記)

 

 今回の旅では映画『サウンド・オブ・ミュージック』ゆかりのザルツブルブとザルツカンマーグートを訪ねた。現地のパノラマツアーの日本人ガイドつきの観光バスで回った。美しい風景や古い建築を楽しみたいと思っていると、ガイドがしつこく『サウンド・オブ・ミュージック』のシーンの話をする。ノンベルク修道院、レオポルツクローン城、ドレミの橋、ミラベル宮殿、モントゼーの教会、祝祭劇場。

 

 説明が「おたく的」で過剰だなあと思いながら聞いていた。と言いながら、帰国後も井一度、映画を観てみる。「あああそこだ」と感慨深い。

 いま、流行りの韓国ドラマ『冬のソナタ』のツアーも同じ現象なのだろうか。『サウンド・オブ・ミュージック』が作られてから、もう40年近くなる。40年経って、これだけ、人を集めるのは、凄い。

 

私たちが利用した観光バス会社のパンフレットを見ると、『サウンド・オブ・ミュージック』ツアーがあるのは英語だけである。日本語ツアーにはないが、我々のザルツブルグとザルツカンマーグートツアーでも説明があった。ドイツ語・フランス語・イタリア語・スペイン語・オランダ語のツアーもあるが、わざわざ、『サウンド・オブ・ミュージック』と詠ったものはない。日本語ツアーと同じように、他のツアーで説明されているのだろうか?

 

この映画は単なるアメリカの娯楽映画であり、オーストリアの人にはあまり関心がないということも聞いた。かつて、レーガン大統領時代にオーストリアの首相が訪米した際に、この映画の歌を流したら、白けてしまったという話も聞いた。もしかして、アメリカ人と日本人にしか関心がないかも知れない。ドイツに併合された時のオーストリア人の立場は映画のように単純なものでなく、複雑な感情が交錯していたらしい。そのため、この映画を観ると彼らの気持ちは単純に面白いとはならなかったと言う。

 

この映画に出てくるトラップ大佐は海軍の将校である。内陸国のオーストリアになぜ海軍があったのか? 

第一次世界大戦の頃アドリア海に面したトリエステやベネティアはオーストリア領であった。そのため、海軍があった。トラップ大佐はトーストリア海軍最初の潜水艦の艦長で業績を挙げ、男爵になっている。ここまでは、よく知られているが、この海軍は強かったのであろうか?

 

第一次世界大戦でオーストリアはドイツと同盟を結んで戦った。日本はイギリスと同盟の結び、ドイツの敵であった。日本はドイツ領の中国・青島を攻めて、戦った。その時、オーストリアの軍艦のカイザリン・エリザベト(皇妃エリザベト)号が青島に停泊していたらしい。ところが、この軍艦は大変な旧式のもので、足が遅く日本の攻撃から逃げられそうではなかった。日本海軍は攻撃するに忍びなく、「早く逃げろ」と信号を送った。だが、彼らは自沈してしまった。それほど弱い海軍だったらしい。日本海軍もあの美しい皇妃の名が付いた軍艦を攻撃するのは、気が進まなかったのであろう。