2004.7.27

西 村 三千男 記

もう一つのDC−10航空機事故

 

中村さんの「マグドネル・ダグラスの運命・・・」を読んで、直ぐに思い出すもう一つ

のDC−10航空機事故がある。下記のような事情で私にとって忘れることの出来ない

事故である。中村さんの論調とは少し違ったニュアンスとなるのだが。

 

それは中村さん紹介の事故より更に5年前の1974年3月のことであった。イスタン

ブール発、パリ経由、ロンドン行きのトルコ航空DC−10がオルリー空港を離陸した

直後にパリ郊外に墜落して乗客、乗員全員が死亡したのであった。

 

その時、私は或るプロジェクトのFSのため電化8名と三井物産1名のチームで4週間

ヨーロッパを出張旅行中であった。その事故機は我々のチームの内2名がパリ〜ロンド

ン間を搭乗する候補フライトの一つであったが、結局他のフライトを選んで危うく難を

逃れた経緯があった。身近に感じる事故であったので現地の英字新聞等から情報を集め

メンバーでワイワイガヤガヤ議論していた。

 

後日報道された事故原因にも当然深い関心を持った。貨物室のドアーが半ドアーのまま

離陸したために、貨物室が減圧となり貨物室と客室とを隔てる客室の床が抜け落ちて、

電気系統と油圧系統が破断され操縦不能となったとのことであった。半ドアーは離陸前

の操作と点検のミスであるが、半ドアーを目視や計器で検知出来ないのは航空機設計上

の欠陥とされた。

 

その頃ヨーロッパ出張の多かった私はフライトを決める時に、使用機材がDC−10で

あるものはなるべく避けるよう心掛けていた。

 

脳裏にDC−8は名機、DC−10は危険機と刷り込まれているのをすっかり忘却して

いたが、今回中村さんの書き込みで思い出した。

 

                                   以上