マクドネルーダグラスの運命を変えたアメリカン航空FL191

 

1979年シカゴ空港を飛び立ったDC-10(FL191)は離陸後30秒で墜落し、約270人の死者を出した。直接の原因は左側主翼のジェットエンジンが外れて失ったことだ。主翼の損傷は、全部のごく一部がはがれただけで、失速により飛行が不可能になるような状態ではなかった。しかし、エンジンがなくなったことで機体の半分が停電になり、主パイロットの操作が不可能になったこと、さらにエンジンが外れたときに、左翼のスラットやフラップを動かす油圧装置が破損して助手パイロットのほうからも動かせなくなり、そのため、機体は裏返しの姿勢で地上に墜落したことが判明した。油圧装置などの装置を二重にして、一個がこわれても、他のが使えるようにしていなかったのは、AAがそのオプシオンの選択しなかったので、マクドネルーダグラスの責任ではなかった。

 

ではなぜエンジンが外れたかであるが、その原因はメーカーのほうにあるのではなく、メインテナンスのためエンジンを外すとき効率よく作業するため開発された装置が、パイロン(エンジンを吊り下げている垂直の装置)に余計な力をかけ金属疲労が起こり亀裂がはいっていたためであった。アメリカではDC-10の飛行が40日間禁止され、パイロンの検査がおこなわれた結果、同じメインテナンすの方法を使っていた何台ものDC10に同じ亀裂が発見されm、直ちに修理が行われた。

 

また、電気配線系統や油圧系統も、全て独立な2系統が作動するように、改良がアメリカの航空会社に義務付けられた。日本はもちろん世界中の航空会社のほとんどはこれに従った。

 

この事故が起こるまでマクドネルーダグラスはボーイングと並ぶ主要航空機製造会社だったが、AA191の事故を境に一機も売れなくなって破産。その結果、1980年台初期にマクドネルーダグラスはボーイングに買い取られ、アメリカの主要航空機製造会社はボーイング一社になってしまった。いっぽうアメリカン航空のほうは、多額の保険金が下りて$50Mももうかったそうだ。

 

それからすでに25年経ったいまもDC10は飛んでいる。この期間の安全記録は最高である。機体改善のために信頼性の最も高い航空機になったことと、パイロットにとってはよくなれた飛行機で今も人気が高いという。