2004.11.26

西 村 三千男 記

R&Dの語源〜その3

 

 出典本は Du Pont 社のR&Dを論ずる事例としてネオプレンとナイロンを採用している。

この2大発明は20世紀前半に Du Pont 社がポリマー製品分野で打ち建てた金字塔である。

就中、ナイロンはその後、世界の化学と化学工業に与えたインパクトが莫大であり、この分

野で20世紀最大の発明となった。

 

本書の PartV は下記2章を含む4つの章から構成されている。

 

Chap.12 The “Radical Departure ”: Charles Stine’s Fundamental Research Program

p.223 248 、引用文献 114 件)

Chap.13 The “D ”of  R & D  : The Development of Neoprene and Nylon

p.249 274 、引用文献 119 件)

 

12章は「R&DのR」を、13章は「R&DのD」を詳細かつドラマチックに事例分

析している。化学工業に関わった者にとっては、その1行1行がワクワクする様な内容と

なっていて、それ等を短く要約して伝えることは困難に思えるくらいである。

 

12章の主人公は W. Carothers と C.Stine である。

また13章の冒頭部分は前々回(〜その1)に紹介した英文そのものである。

 

C.Stine

1926年暮れにDu Pont 社のR&D担当役員 C. Stine は「会社の更なる発展のため、

Fundamental Research を重点化する」と役員会に提案し、R&Dの路線変更を実行した。

その為の人材として数多くの PhD を学界から採用した。その中にハーバード大学専任講師

W. Carothers が含まれていた。

 

W. Carothers

C. Stine から Fundamental Research 重点化の為に招聘されたが「自分は Fundamental

Research ではなく、Pure Science をやりたいから」と何度も断っている。諦めない Stine

から「Du Pont 入社後も Pure Science をご自由に」と了解され、三顧の礼で迎えられた。

結局1928年初頭 Du Pont に入社した。その時、31歳であった。

 

入社前の専門分野は有機化学であったが、入社後はその時期にちょうどドイツで勃興して

いたポリマー科学の研究に着手した。入社前から馴染みの反応であるエステル化を重縮合の

モデルとして研究し、末端活性の連鎖重合モデルを提案した。“condensation polymers”や

addition polymers”は Carothers の命名であった。1931年には偶発的にネオプレン

を、更に数年後には新規の合成繊維、ナイロンの前駆品を発明した。

 

入社2年後に Stine が副社長に栄進して、その後継の Bolton 等と研究路線でしばしば衝

突している。在籍9年間に赫々たる成果を挙げ、1936年 National Academy of Science

に選ばれ、ノーベル賞の有力候補と目されながら、1937年4月29日、41歳の誕生日

の2日後にフィラデルフィアのホテルで自殺した。

 

Du Pont 社がナイロンの発明を公表したのは翌1938年であったが、ナイロンの基本特

許は Carothers によって生前に出願されていた。

 

ネオプレン

イソプレンに類似のモノマー候補を片っ端からローラー作戦のように検討して、クロロプ

レンに到達したとの通説があるが、事実ではないようだ。クロロプレンモノマーの発見は偶

発的であった。この「R」はいわゆるセレンディピティ的に易々と実現した(Chap.12)。

次のステップ「D」に於いて苦心惨憺が続く様子が(Chap.13)に述べられている。

 

ナイロン

 「各種2官能カルボン酸と各種2官能アミンを縦横ゴバン目状に並べ、各交点の組み合わせ

をジュウタン爆撃するようにテストを繰り返し6,6−ナイロンにたどり着いた.豊富な研究

資金がある Du Pont なればこそ可能であった」と巷間伝えられている。大学時代に工業化学

概論で誰方かの先生からもそう教えられた。多くの書物にもそう書かれている。

 

 出典本に書かれている史実はこれとはかなり異なっている。こちらはネオプレンの場合とは

逆に「R&DのR」段階で苦戦している。Carothers が、あまりにも Pure science から縁遠

い力仕事に嫌気がさして、テーマ全体が絶望の淵に臨んだ。ちょうどその時にチームの一員で

あった D. Coffman が研究の突破口を見出してからジュウタン爆撃へと進んだ(Chap.12)。

 

6,6−ナイロンに絞り込んだ後からの「D」はスイスイと進行した。(Chap.13)。

 

 

注記:この主題「R&Dの語源」は3回連載の予定であったが、冗長な文章を推敲し切れずに、

   長くなってしまった。あと2〜3回追加させて頂く。

 

(以下次回)