(2)ヴェーラーとリービッヒによる異性体の発見
 
 われわれ「京大アイソマーズ」は、毎日、西の方角を向き、ヴェーラーとリービッ
ヒが眠るドイツに向って最敬礼したい気分である。なぜなら、この二人がアイソマー
を発見してくれたからである。
 
 時は今から180年前の1824年のこと、パリのゲイリュサックの下での留学を終え
てギーセン大学に奉職したばかりの21歳のリービッヒは、従来からのテーマである雷
酸銀の研究を、またその少し前、ストックホルムのベルセリウスの下での留学を終え
てベルリン工業学校に落ち着いた24歳のヴェーラーはシアン酸銀の研究を続け、両者
それぞれ別々の化合物を扱っていた。しかし、奇妙なことに、これらの二つの化合物
が同じ分子式をもっていることが分かったのである。
 
 すなわち、リービッヒが研究していたのは雷酸銀で、激しい爆発性の化合物、一方
ヴェーラーが研究していたのはシアン酸銀で穏やかな物質。ともに銀、酸素、炭素お
よび窒素からなり、分子式は同じという結果であった。
 
 異なる化合物なのに分子式が同じだと?そんなバカな!と、二人はお互い相手の分
析結果を疑った。特に感情の振れが大きいリービッヒは、ヴェーラーの分析結果が間
違っていると激しく攻撃した。しかし、両者の優れたところは、単に相手を疑うだけ
ではなく、相手の化合物を追試して分析値を確かめたことである。結果はまさしく同
じ分子式を示した。翌1825年、二人の運命的な出会いが成り、相手の結果も正しいこ
とをお互いに認め合ったのである。註)
 
 註)雷酸銀:AgONC、硝酸銀の硝酸溶液にエタノールを反応させると得られる。
       熱や衝撃により爆発する。
   シアン酸銀:AgOCN、可溶性シアン酸塩水溶液に硝酸銀を加えると沈澱として
         得られる。安定な物質。
 
 これを契機にして、二人の間には厚い信頼と友情が芽生え、両者の交友関係はリー
ビッヒの死の直前まで、実に50年近くの長きを数えた。
 
 このように、性質が全く異なる物質同士でも同じ分子式を示す他の例が、その後も
相次いで見つかり、ヴェーラーの恩師であるベルセリウスは、1831年にこの現象を 
 アイソマーと名付けた。
 
 ついでにこぼれ話。
 1830年、ヴェーラーは尊敬する自分の恩師ベルセリウスにリービッヒを紹介した。
ときに、ベルセリウス51歳、リービッヒ27歳。まさに大先生と若造の関係である。は
じめはリービッヒはベルセリウス大先生を心から尊敬し、大先生もリービッヒの潜在
能力と化学に対する情熱を大いに評価した。しかし、学問上の考察や推論において両
者はしばしば見解を異にすることがあり、何かにつけ直情径行タイプのリービッヒは、
化学界の大御所に真っ向から反論を加えた。そういった論戦が繰り広げられるうちに、
お互いつい感情的になり、険悪な様相を呈した。さあー、困ったのは中に立つヴェー
ラーであった。リービッヒの非礼な態度を手紙で何度も諌めたが、素直に折れるよう
なリービッヒではなかった。とうとう破局を迎える。ベルセリウスからリービッヒに
対して絶交状が申し渡されたのである。二人の仲はそれでも15年間も続いたことにな
る。 
 
 次回は、「ヴェーラーとリービッヒの厚き交友関係」
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 伊 藤 一 男
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