2004.4.28

西 村 三千男 記

ドイツ化学史の旅・余録(その2)

 

1.山岡望

1892.3.27生まれ

岸和田中学〜一高〜東大(理)で柴田雄次に師事

1916〜50 六高教官

   1929〜30留学(ドイツ、英国)

1950 新学制で六高が無くなり退官

        その後 日本獣医畜産大

            國際キリスト教大

            日赤武蔵野女子短大 などに奉職

   1975 引退

 

2.化学史の執筆

  ・最初の「化学史伝」は留学より前の1927初版。

・「化学史談」は六高教授退官後、私学へ転進されて余裕が出来てから着手。

我々の大学生時代を挟んだ15年間の長丁場執筆。

  ・何と2度目のヨーロッパ旅行は「化学史談」完結後の1969夏。

「化学史窓」の序文に弟子達にやや強引に勧められた経緯が書かれています。

   ・3度目のヨーロッパ旅行は1971夏。

    「続 化学史窓」の序文に、この年の春先の或る朝、歯を磨いていて

突然思い立ったと告白されています。

 

3.「化学史伝」の復刻版

  ・新進気鋭の1927に刊行された処女出版が41年後に出版社を変えて

   復刻されたのはスゴイ話です。

・カナ使いと当用漢字に変えること以外は版組みもページ構成もすっかり

踏襲し、41年分のギャップは脚注で埋めているのだそうです。

・この復刻を勧めた人々と協力した人々への謝辞の中に鶴田禎二先生と共

に鐘化の伊藤良一さん(伊藤英二さんの兄上)のお名前が出てきます。

伊藤一男さんの第6話の中で伊藤英二さんのお兄さんは山岡先生の六高

で最後のお弟子さんと書かれています。伊藤良一さんは六高〜東大理、

鶴田先生は六高〜京大工です。

 

4.マメな先生

  ・山岡先生の講演を一度だけ聴いたように思います。

・記憶が薄れていますが1970頃、日本化学会の年会が関西大学で開催

された時の特別講演。

・当時、私は既にケミカル土方に従事していて、アカデミックな研究発表

や講演に関心が薄くて、やっと探して化学史の特別講演を聴きました。

山岡先生の講演内容は忘れてしまったけれど、司会/阪大蛋白研/泉美

治先生の講師紹介「山岡先生は関西弁で言うと、マメな先生・・・」ば

かりが記憶に残っています。

 

 5.六高の名物教授?

   ・講義でも実験でも学生達を魅了する名物教授であったようです。

・「化学史筆」に雑誌連載から「A・B・C問答」シリーズが再録されて

います。AからZまでの26編あるが、毎回別々の一人の学生か卒業生

と対話する形式を踏んでいます。実に読み応えもあり、慕われる名物教

授ぶりを彷彿とさせます。

 

 6.ブンゼンを崇拝して

   「朝たにBUNSENの6字を読み、夕べにブンゼンの4字をしたため・・」。

 

 7.「―――談、―――伝、―――塵」

   アルカン、アルケン、アルキンの韻を意識した3部作。

 

                           以上