2005.7.13

化学史の旅‐武山-(4)

著作から見たリービッヒ

 

リービッヒは実験化学者、分析化学者、有機化学者、農芸化学者、化学教育者、発明家と大家らしくいろんな側面を持っています。

実験化学者としてのリッビッヒは、今回の旅で彼の実験室を見学すると、多方面に工夫の跡が見られました。化学教育者としての一面は、前に報告したように一門に大化学者が輩出していることで証明されています。

今回は研究報告や出版物から彼の分析化学者、有機化学者、農芸化学者、発明家としての側面を纏めてみました。リービッヒ博物館で入手した小冊子には18221872年の50年にわたるリービッヒの研究報告や出版物のリストがあります。

その中で、とくに重要なものとして次の5項目が太字で書かれています。

 

1831 「元素分析」 リービッヒが最も成功した年

1832 「ラジカル()の概念の提案」 リービッヒとヴェーラーが最も成功した年

1838 「有機酸の構造」

1840 「農芸化学」を出版

1842 「動物化学」を出版

 

まず1831年に、「元素分析」を纏めています。そして、この1831年はリービッヒの最も成功した年とされています。リービッヒがギーセン大学に就任して、7年目で28歳の時でした。この業績がその後の仕事の基になっています。

次は1832年に、リービッヒ、ヴェーラー共同で「ラジカル()の概念の提案」を纏めています。次がその原著書です。

 

リービッヒ、ヴェーラー『安息香酸の基についての研究』

Untersuchugen ueber das Radikal der Benzoesaeure

(Annalen der Chemie und Pharmazie,1832)

 

これより前の26年に2人はアイソマー(異性体)の発見、‛28年にはヴェーラーは無機物のシアン酸アンモニウム塩から有機物の尿素を得ることに成功しています。この報告ではさらに進んで、馬の尿から取った馬尿酸を加熱すると香料の安息香から得られるものと同じ安息香酸に変わることを確かめ、さらにこの物質が一種の桃の芯から得られる苦扁桃油からも得られることを確かめました。このような事実からCOの原子集団が塊として働いていると考え、ラジカル()の概念を提案しています。

1832年はリービッヒとヴェーラーが最も成功した年と言われています。

 

その次の業績は農芸化学に関するものです。次の著作に纏められています。

 

リービッヒ『農業および生理学に応用する有機化学』

Die Organische Chemie in ihrer Anwendung auf Agricultur und Physiologie,1840

 

植物生理に対する化学的考察とそれに基づく人造肥料の製造の先駆けとなる本です。現在チッソ・燐酸・カリという肥料の3要素のうち、燐酸・カリ肥料の製造が試みられています。農芸化学の先駆的業績です。

 

最後は、1842年に纏められた「動物化学」に関する著作です。

 

リービッヒ『生理学および病理学に応用する有機化学』

Die Organische Chemie in ihrer Anwendung auf Physiologie und Pathologie(1842)

 

動物の呼吸、新陳代謝、栄養について、化学的解釈を手がけた最初の仕事になっています。20世紀になって、リービッヒ一門からノーベル化学賞のみならず、多くのノーベル医学・生理学賞受賞者が出ていることも頷けます。

 

以上、いずれもリービッヒが1852年にミュンヘン大学に変わる前の、ギーセン大学での業績です。日本の年号では天保年間にあたり、明治維新より25年以上前にあたり、その先見性に驚かされます。

 

彼はまた次のような発明もしています。これらも発明家としての一面を現わしています。その例を付け加えておきます。

 

シルバー・ミラー(それまでの水銀アマルガムから改良)

肉抽出 ブイヨン・プレート(47年)

幼児用食品

病人用食品(54)

 

参考文献)湯浅光朝編『自然科学の名著』(昭和46)毎日新聞社

以上