2005.1.1

人工腎臓シンポジウムの思い出・ホーフブルグ宮殿

武山高之

 

ウィーンのホーフブルグ宮殿は私にとって、思い出の地である。

 

14年前の199099日、私たちはこのハプスブルグ宮殿でシンポジウムを開催した。当時、我々は東レ(株)で人工腎臓の開発に携わっていた。我々が開発していた中空糸型PMMA人工腎臓フィルトライザーBKは長期透析患者の合併症対策として有効な生体適合性に優れたものであった。その利点は国内では広く認められて、売り上げが増加し、会社の利益に貢献していた。

 

海外でも拡販を考え、ヨーロッパでの販売をイタリア・ヘキスト社に依頼していた。ヨーロッパの販売担当は、東レメディカル(株)輸出部と東レ・ロンドン事務所のイギリス人担当者であった。私は東レ本社の開発責任者であった。海外での拡販のためのイベントには開発担当者も参加し、指揮するのが恒であった。ヨーロッパの拡販の機会は、ヨーロッパ人工透析および移植学会(EDTA)であった。

 

この年のEDTAはウィーンのコンベンションセンターで3日間開かれ、世界中の関係者が集まった。その学会に付属するサテライト・シンポジウムとして、「人工透析システムの生体適合性‐現在と未来‐」が東レグループによって行われた。場所はホーフブルグ宮殿であった。郊外で行ったパーティーでは日本酒の鏡開きも行った。

 

この時、私は責任者として、講演を依頼した日本、アメリカ、イタリアの医師たちへの応対、参加者へのサービスに多忙を極めた。会議に発表する臨床データの纏めはメーカーである我々の協力が重要であった。多忙であったため、ホーフブルグ宮殿もウィーン街もほとんど見ずに帰ってきた。ただ、会議場がさすが宮殿の一部だけあって、豪華絢爛であったことだけは覚えている。

 

そのシンポジウムの発表報告はEDTAから論文集として出され、今も私の手元に残っている。成果は十分にあり、その後の販売業績につながっていた。

 

今回ウィーンに旅した機会に、ホーフブルグ宮殿を再訪した。記憶がぼやけており、我々がシンポジウムを行った場所がなかなか思い出せない。2日に渉って見てまわって結果、次第に記憶が蘇ってきた。我々の会場は新宮殿の一部で、今はEUの会議などを行っている一角だったようである。

 

探し疲れて、カフェテラスでカプティーノを飲みながら、元気でバリバリ仕事をしていた猛烈ビジネスマンだった現役時代を思い出し、一人感傷的になっていた。その時代は私の人生で一番いい時でもあった。

 

(蛇足)ウィーンではウィーンナー・コーヒー注文しても通じないそうである。我々が飲むウィーンナー・コーヒーはイタリアのカプティーノと同じらしい。