2005.3.17

西 村 三千男 記

本邦ガスクロマトグラフィー事始め

 

 ガスクロマトグラフィーの草創期の思い出話を3回シリーズに綴る。

筆者の意識の上では昨年当HPに連載した「R&Dの語源」につながっている。

 

第1回 Podbielniak

 

遠い過去の記憶は怪しくなっているが、我がアイソマーズが大学3回生の時、分析化

学の小島次雄講師(後に教授)に引率されて丸善石油化学・下津を工場見学した。日本

の石油化学の先駆けであったMEK,MIBKプラントを見学したのだが、その日のも

う一つのハイライト(小島先生のお目当て)は評判の輸入ガスクロマトグラフィー第1

号機の見学であった。米国の Podbielniak 社製であった。不運にもこの日は故障中で

稼動していなくて、装置の前で説明を聞くだけに終った。

 

ガスクロマトグラフィー(GC)は当時としては全く新規の分析機器あったけれど、

ガッターマンにアルミナゲル充填のカラムクロマトグラフィーが詳述されていたし、生

化学実験ではペーパークロマトの実習もしていたので、GCがクロマトグラフィーと呼

ばれる所以やその原理はどうにか理解出来た。GCは米国で開発されて、昭和31年頃

に日本へその技術と装置が輸入、紹介され始めた。日本で石油化学工業がスタートする

時期と丁度重なったのは幸運であった。

 

昭和33年に大学を卒業して直ちに電気化学工業(株)に入社し、新潟の片田舎にある

青海工場に配属された。赴任すると、そこに丸石化・下津で見学したのと型式は異なる

けれど、輸入第4号とかの Podbielniak ガスクロが稼動していて「スゴイ!」と感心し

たものだ。

 

 この Podbielniak 社は、本来は精密蒸留装置の有力メーカーであったが、1955年

頃に始まるGC装置市販のパイオニアとなった。数年後には Perkin-Elmer 社等がその

地位を占めて Podbielniak 社製GCは徐々に消えたが、その間の事情は知らない。

 

電化・青海ではこの Podbielniak GCは主として直接法アクリロニトリル合成プロセ

ス(アセチレン+青酸)の研究に使われていた。その当時は非常に高価な装置であり,

時々故障もするし,補修部品も輸入するので納期がかかり且つ高価であったから、宝物

の様に大切に扱われていた。

 

アクリロニトリル合成プロセス研究は研究としては成功したが、諸般の事情から事業

化は行詰り、研究テーマはプロセス的に類似しているクロロプレンモノマーの合成プロ

セス研究へと切替わり、私もその研究チームの一員となった。私にとって身近になった

GCはまことに便利な分析機器であった。この研究を進めるには宝物の様な1台よりも

気楽に使える1人1台の簡便型が欲しかった。その願望はやがて段階的に叶えられて行

くのであるがそれは後述する。

 

 次回(第2回)は実用化初期のGCを駆使して、クロロプレンモノマー合成プロセス

研究のスピードアップに成功した話を、第3回は島津や柳本等の分析機器メーカーが漸

くGC国産試作機を発表した時期に、電化クロロプレンの研究グループが多数の自社製

簡易型GCを創出、活用した秘話を述べよう。

 

                              (以下次回)