2005.4.29

西 村 三千男 記

本邦ガスクロマトグラフィー事始め

 

第3回 村山式手作り簡易GC

 

 当時、我々の研究室に村山さんと云う大層器用な職人肌の人がいた。機械工作、電気工

作、電気回路設計など何でも名人芸でこなした。ガラス細工も名人級で、その昔工業化学

教室で我々に基本的な手ほどきをしてくれた技官の宮城さんと同じレベルだったと思う。

 

 研究室で試験機器の故障修理やメンテナンス、新しい試験装置の組立て等で困難な問題

やトラブルに直面すると村山さんの出番であった。殆んど全ての問題を鮮やかに解決して

くれた。宝物のように扱われていた Podbielniak ガスクロは、当然の如く村山さんがメン

テナンスを担当した。彼はメンテナンスを通じて、Podbielniak ガスクロの構造を完全に

把握、理解したようであった。分離カラムも、検出器の心臓部、回路部も含めて自分で手

製できると判断した。それで、村山式簡易GCの設計、製作に取りかかった。

 

村山式GCのカラムはガラスのスパイラルコイル製であった。それを溶剤沸点式恒温槽

に入れる。アセトン、メタノール、ベンゼン、トルエン等の溶剤を沸騰、還流させて恒温

を維持するのである。設定温度を変更するには溶剤をそっくり入れ替える手間は要るが、

Podbielniak の空気浴より温度制御性が良好であった。検出器はホィートストンブリッジ

にサーミスターを組み込んだものをガラスに封入していた。記録計だけは市販品を組み込

んだ。1台当たりの製作コストは思い出せないけれど、Podbielniak 購入価格の数10分

の1であったと思う。斯くして、1台、1台手作りで、簡便で安価な「村山式GC」を次

々と産み出して、研究室に普及させて行った。それは、島津、柳本等の先導的な分析機器

メーカーが漸くGC国産試作機を発表したのとほぼ同時期であった。

 

電化クロロプレンのR&D成功と早期事業化(1962年)はこの「村山式簡易GC」抜

きでは語れない。先に「R&Dの語源」に Du Pont 社のネオプレンとナイロンの2大発明

に「天の時」「地の利」「人の和」が幸いしたことを述べた。同様に、電化クロロプレン

の成功に於いても、特にGCという分析ツールについて「天の時」「地の利」「人の和」

を強く思わずには居られない。

 

                                                      (おわり)