2005.11.15

西 村 三千男 記

連載「ドイツ化学史の旅のこぼれ話」

 

第16回 文野スピーチは格調高かった

 

 旅の締めくくりをどうするかを思案していた。グループ旅行の最終夜、ミュンヘンの

ホフブロイハウスで「森川さんを偲ぶ会」。その席で、川崎さんのリードで三高寮歌を

歌うことにしていた。それに続いて文野さんから幹事さんへ謝辞を述べて貰うのが私の

原案であった。ディンケルスビュールのホテル、6月9日の朝食の席で予めお願いして

おいた。当日、騒然たる雰囲気の中でも寮歌は何とか歌ったが、さすがにスピーチは無

理であった。藤牧さんご夫妻が翌朝早く出発されてしまうので、解団式を翌日へ延期す

る余地は無かった。ホテルに戻り、ロビーの談話コーナーを一時的に借り切って文野さ

んにスピーチをお願いした。

 

 文野さんは、森川さんとの思い出、1996年のアイソマーズ北京総会からの森川さ

んとの対話のエピソード、今回単身で参加したご心境、この旅の感想と幹事さんへの謝

辞を、格調高く、弁舌さわやかに話されて皆を感動させた。アイソマーズの結成初期に

は年報を刊行していた。その年報に文野さんが印象深い名文を何回か寄稿されていたの

を、断片的にではあるが内容も含めて記憶している。という訳で、文野さんが名文家で

あることは先刻承知していたが、これまで文野さんの名スピーチを聞く機会はついぞ無

かったのである。今にして、この旅の締めくくりを文野さんにお願いしたのは実に正し

い選択であったと内心うなずいているのである。

 

 今回の旅の参加者は6夫婦と単身の文野さんの計13名であった。単騎ご参加の文野

さんが「居心地悪くないかしら?」と、途中チラリと思ったりもしたが杞憂であった。

現役時代はドイツ大企業の日本法人に勤務されていたので、ドイツのことをよくご存知

であり、外国語にも堪能で、リービッヒ博物館をはじめ各所で鋭い質問や含蓄に富んだ

発言をされ、存在感を示されていた。

 

 文野さんがスピーチの中で触れられたアイソマーズ北京総会を想い出す。1996年

9月、伊藤一男さんご夫妻が当時在住されていた北京で第1回目のアイソマーズ海外総

会を催行したのだった。その時の文野さんも今回と同様、随所で私達をハッとさせる言

動をされていた。ところで、その北京で私が文野さんに「神原周先生と私のヨーグルト

健康法」を講釈したことがあった。今回の旅の第2日目、リービッヒ博物館を辞して、

遅いランチをとっていた牧場の見えるレストランで話がそこへ飛んだ。あれから9年、

神原〜西村方式(またはその改良法?)を実行されているとか。

 

(以下次回)