2005.7.29

西 村 三千男 記

連載「ドイツ化学史の旅のこぼれ話」

 

第9回 ディンケルスビュールと山陰松江市のアナロジィー

 

 ディンケルスビュールを訪ねていて、山陰松江市との相似性を突然思いついた。

 

ご存知の通り、松江市は数百年以上もの間、天災にも、戦災にも遭わずに、古い街並みを

維持して来ている。バブル経済の頃も、それ以前の長い年月も、都市再開発をあまり熱心に

進めてこなかった。松江城の天守閣も戦禍、天災を免れて築城当時のそのままの姿で残存し

ている。

 

県庁所在地でありながらメガバンクや都市銀行の支店が一つも無く、地銀のみというのも

痛快である。百貨店は中央の大手のデパート支店は無くて、地場資本の一畑百貨店(三越の

影響を受けている)があるだけ。ホテルも(東急インやワシントンホテル等ビジネスホテル

の系列はあるが)中央の大手シティホテルは進出していない。電鉄、百貨店と同じ地場資本

の一畑ホテルが代表的で、天皇陛下もここにお泊りになったそうだ。全国系のコンビニエン

スストアもスーパーマーケットも1店も無い。

 

これ等を山陰地方の特色だと割り切るのは間違いだと思う。近隣の鳥取県米子市にはメガ

バンク支店も高島屋もあり、その他諸々の場面で松江市とは対照的だからである。

 

住民には、さぞ日常的不便があるかと思えば、そうでもないらしい。地域の経済は、バブ

ル経済崩壊にもさほど影響されていない様に見受けられる。商売に競争が少ないために割高

な日常生活の中で、松平不昧公以来の茶の湯の伝統と質の高い和菓子を守り、和風のローカ

ル独立を志向する市民の意思を感ずる。

 

 さて、皆さんはこのアナロジィーには無理があると思われますか?

 

(以下次回)