ドイツ化学史 旅のメモ(3)    3月12日   伊藤一男
 
 リービッヒ博物館ーリービッヒの人間的魅力ー
 
 リービッヒ博物館に保存されている昔のギーセン大学化学教室を訪ねると、古びた
講義室や実験室から往時の化学教育を偲ぶことができるとともに、えも言われぬ霊気
をも感じて身が震えるという。それらは師弟の化学に対する情熱と飽くなき探究心、
学徒に対する師の分け隔てのない愛情と信頼、そこから醸し出される教室の充実した
雰囲気であろうが、なかでも学徒をして化学という学問の虜にし、感化させずにはお
かなかったリービッヒの人間的魅力であろう。
 
 たまたまギーセン大学でリービッヒの講義を聴いたばかりに、他の学問を目指して
いたにもかかわらず、ついにその専門課目を捨てて、化学に乗り換えてしまった学徒
の実話は、リービッヒの人間的魅力の偉大さを語るに十分であろう。くだんの学徒は
少なくとも二人いた。
 
 一人は、ドイツ化学会の創始者でもあり、ホフマン転位反応で有名なあのホフ
マン(18181892)。ギーセン生まれのギーセン育ち、法律哲学の学生であったが、
リービッヒに魅せられて化学に転向し、終生リービッヒを師と仰いだ。もうひとりは、
のちにベンゼンの構造式を明らかにした例のケクレ(18291896)である。
 
 では一体、リービッヒの何がそんなに若者を引き付けたのか。例えば彼の講義の様
子はどうだったのか。ホフマンを含む教え子たちはこう回想する。「リービッヒ先生
の講義はいわゆる流暢な雄弁家のものではなく、声を押さえるように、また多少吃る
ような感じであった。しかし、一言一句真剣そのもので、その熱意が受講生に伝わり、
緊張の余り呼吸も忘れて聞き惚れてしまうほどであった。かと思うと、突然、講義の
途中で沈黙に陥り、大きな両眼を開いたまま空間の一点を見据えて動かなくなる。新
しい発想が閃いて、それを追っかけていると、場所も時間も環境もすっかり忘れて一
途に思索を追い回し、やがて忽然と、いま講義中であるという意識が復活して我に返
るといったことがしばしばあった」
 
 リービッヒの魅力は、彼の講義もさることながら、実験室での逍遥の中にこそその
真価が発揮されたといわれる。実験中の学生の間を回りながらアドバイスする彼の指
導は、妥協を許さない厳しいものであったが、愛と情熱をもって全身全霊を傾けた。
弟子のひとり、フォークトいわく。「化学実験の忙しいことといったら、いつも火事
場のようだった。君、もう濾過したか?、沈澱は洗ったか?、まだ?、はやく次の分
析に手をつけろ!と、先生の声が飛ぶ。まったく休むひまもなく、いつもごった返し
ていた。しかし、そんな環境に不平を漏らすものは一人もいなかった」
 
注)私の恩師、古川淳二先生(92歳、今も高分子物性の新理論を展開中)からの今年
の年賀状に、「昔、東独のアカデミー会員となり、リービッヒの肖像の入った名誉会
員証をもらいました」との添え書きがあった。古川先生の日本人離れした風貌、講義
の仕方、実験室を徘徊されるときの先生の眼差しなどを思い出すたびに、私はいつも
リービッヒを重ね合わせてしまうのである。
 
 ついでに、もうひとつ。余計なことかもしれませんが、アイソマーズの皆さん、
「ホフマン転位」を覚えていますか?
 酸アミド(RCONH2)にアルカリの存在下でハロゲン元素を作用させると加水分解し
て、炭素数が1個少ないアミン(RNH2)になる反応で、途中でR-C-Nの結合順序
R-N-Cと変化する反応です。