2005.2.18

西 村 三千男 記

伊藤英二さんの写真アルバムに寄せて閑話二題

 

 伊藤さん

懐かしい想い出を誘う写真アルバムを有難うございます。

 

アイソマーズ総会(H.10.11.7)

集合写真はありませんか?

この時は確か、島夫人、大橋重康さん、直本さんなど珍しいメンバーが参加されていまし

た。そして、内本さんの祝賀会でしたが内本夫人が欠席(海外旅行中?)でした。

 

世間は広いようで狭かった話

伊藤さんの前書きに宇治寮における岩見隆夫氏との接点を述べられています。昨年1月の

学士会午餐会の講演者が岩見隆夫氏でした。岩見さんの集客力が高かった様で、参加者は

400名以上でした。午餐会は自由席ですが、偶々隣席に斉藤一雄氏(昭33桜田研卒、

鐘化OB)が遅刻して着席されました。お互いに名前は知っているけれど顔と一致しない

程度の知り合いで、ネームプレートを見て「おぉ!」という具合でした。斉藤さんは「岩

見隆夫さんとは宇治寮の仲間だから出席した」「山本經二さんとも宇治寮の仲間で懇意に

なって、彦根の実家を訪ねたり、留学先のUSAでも種々の接点があった」など。私から

は「長男が鐘化に入社して、モディファイヤーを担当しています」など。

 

斉藤さんとは学生時代には全く面識がありませんでした。後年、鐘化でカネエースBを発

明され一大事業の基礎を草創されたヒーローとして業学界で知る人ぞ知る存在となりまし

た。平成の初頭、私が転勤して東京勤務になった頃は東京駐在技術部長でおられました。

業界の集会で2回位挨拶したけれど、顔と名前が一致しなくてその都度また名刺交換を繰

返す様な仲でした。

 

「世間は広いようで狭いこと」を実感しました。450分の2の確率ですから。

 

(おわり)