ジャガイモ

 

ジャガイモ(ポテトと書こう)はもともと南米ペルーとその近傍にすむアンデス人が有史以前から栽培していた。コロンブスに続いてやってきたスペイン人がそれを本国へ持ち帰った(16世紀)。やがてポテトはヨーロッパの各国に知られるようになったが、有毒と思われ、ほとんどの国で食べられなかった。ポテトは、芋以外の部分つまり茎や葉はえぐい味がつよく、実際有毒である。

 

しかしアイルランドは例外であった。アイルランドの気候はポテトに適していて、アイルランド人は早くからポテトを多く栽培し食用とした。それが1840台に急にポテトが不作におちいりアイルランドのポテト飢饉が起こった。このとき米国へのアイルランド人移民はもっとも多かった。

 

ポテトは18世紀後半にはドイツでもかなり普及していたようである。18世紀後半にドイツに捕らわれていたフランス人が、牢屋でポテトを食べさせられ、幸いそのおかげで、健康が保てたという話がある。そのころはフランスではポテトは人気がなく、有害と思う人が多かったが、その囚人は解放されてとフランスに戻ってから、フランスでのポテトの普及に貢献した結果、19世紀にはフランスでもポテトを食べるようになったという。

 

フランスの画家ミレーの描いた油絵のなかに農夫の祈りをささげる夫婦の足元にポテトの入ったバスケットがかれている。ミレーはモネなどと同じ時代の画家だから、19世紀後半にはポテトがフランスにも普及していた証拠であろう。

 

日本にいつころ来たのかわからないが、{じゃが}芋という名前から推察して、オランダ人あたりが持ってきたのではないかと思う。