2005.11.21

西 村 三千男 記

小見山二郎さん「正倉院の緋色」のナゾを解明〜その2

 

 

 イントロが長くなったが本題を述べよう。小見山さんに、テーマに関係した(学術論

文ではなく)市民向けの啓蒙的なペーパーが無いかと尋ねたところ、実践女子大学の地

元の日野ケーブルTV講座のビデオテープを送って下さった。そのビデオは小見山さん

ご自身が出演して、平易な言葉で「正倉院宝物の緋色」の研究成果を説明されている。

そのアウトラインを以下に抄録してみよう。正倉院の宝物の緋色は色調鮮やかな茜染め

である。その日光堅牢度は1250年を経過した今日も退色しないくらい優れている。

ところが、時代が下がって南北朝時代、室町時代以降の茜染めは日光堅牢度が遥かに劣

っていて、緋オドシの鎧などはボロボロに劣化してしまい、良好な状態で残っているも

のは皆無である。正倉院宝物の緋色の染色技術は何故か途絶えてしまった。明治時代か

ら、多くの染色家たちは正倉院の緋色を再現しようと挑戦してきたが成功しなかった。

正倉院宝物の緋色布の小片サンプル、仮に糸1本でも分析に供することが出来れば、現

代の分析技術、解析技術を以ってするならナゾの解明は容易であろうが、それは勿論許

されない。

 

小見山さんは東工大教授を退官された後、私学の環境の中でこのテーマに挑戦して、

後述する「デュアル媒染法」で正倉院宝物の緋色と同等の日光堅牢度を再現することに

成功された。2001年にアムステルダムの国際学会で口頭発表し、論文誌にも公表し

て世界の専門家から高く評価され、メトロポリタン美術館科学部からの招待講演にも繋

がった。「デュアル媒染法」を具体的に述べよう。奈良時代の通常の茜染めは布を椿の

灰汁で媒染する方法であったと推定されている。椿の灰汁は種々の金属イオンを含有す

るので、染め上がりの色調も日光堅牢度も十分ではなかった。正倉院に宝物として収蔵

されてきたのは、この普通の茜染め布ではなく、皇后陛下など高貴な方々が着用された

布であった。その茜染めには椿の灰汁ではなく、より高価な薬品であった明礬で前媒染

し、ハマグリの殻を焼いた石灰で後媒染していたとする仮説を立てて実証に成功された

のである。この成功の鍵は、詳細な古文書の調査、仮説に基づく粘り強い試行錯誤実験

の勝利であった。

 

 小見山さんご自身は、成功の理由を次のように整理されている。

@        実践女子学園の図書館蔵書に関連した文献が豊富であった。

A        東レ基礎研に在職の頃、合成繊維の染色のメカニズムを理論的に研究して

「二元収着拡散理論」を編み出していたのが役立った。

B        AlイオンとCaイオンとに茜由来のアリザリンが配位する整然たる2重錯体

を着想した。

 

 この件をアイソマーズHPに投稿することは小見山二郎さんのご了解を得ているが、

原稿の事前チェックはお願いしなかった。投稿のe-メールのC.C.を小見山さんにも

お届けしたので、私の抄録に間違いやご不満な点があればご自身から訂正補足のご投稿

が頂けるかも知れない。

 

(おわり)