2005.2.20

京都大学訪問                                                                                                      武山高之  

 

伊藤英二さんの写真アルバムを拝見しました。とくに、京都大学周辺の写真を興味深く拝見しました。上手ですね。私も昨秋、訪問してきました。その時、訪問記を書いていましたので、お届けします。

最近の大学

 

「最近、大学の様子が変っている。とくに京都大学が変った」

と聞いていた。

 そこで、昨年10月に所用があり、京都を訪れたついでに、京都大学に寄ってみた。

 地下鉄蹴上駅で降り、南禅寺から哲学の小道を通り、法然院、真如堂、吉田山と昔と変らぬ秋の京都の風情を楽しんだ。

 吉田神社を過ぎると、古い理髪店《美留軒》があった。そこには、「西田幾多郎先生も来られた」と書いてあった。懐かしく思って眺めていると、奥さんが出てきて、お茶でも飲んでいきませんかと誘ってくれた。古い京都が残っている。

 ところで、今の学生さんは「西田哲学」を知っているのだろうか?

 通りに出ると、中西屋書店がなくなっているのが淋しい。

 

 さらに行くと、京都大学の正門があった。昔は何処の大学にも、正門には「門衛」がいた。今、この大学の正門は「案内所」のようになっていた。

 案内所にはたくさんのパンフレットが置かれていた。高校生に対する大学案内はもちろんのこと、市民に対する「公開講座案内」も増えている。この現象は、かなり前から何処の大学でも見られる風景である。

 

 これらに加えて、大学の歴史や研究成果を市民向けに説明している「広報誌」も多く置いてあった。納税者に対するサービスだろう。広報誌には、学長が学生たちと和やかに話している記事があった。嘗ての学生運動が盛んだった頃には考えられないことであった。広報誌の名前は『紅萌える』であった。旧制高校の歌がそのまま広報誌の名前になっている。

 

 正門の隣はカフェテラスになっており、学生がたむろしていた。もとは公用車のガレージだった。案内に従って、時計台のほうに進むと、新しい「大学の歴史展示室」があった。大学創立100年を記念して作ったものらしいが、創立当時、滝川事件、学徒出陣、学園紛争などの展示が嘗てのキャンバスの模型と一緒に、並べられていた。

 この大学に関わる5人のノーベル賞受賞者の展示も。

 

 その横には、名誉教授や卒業生のための真新しい「サロン」があった。誰でも使えるようになっている。

 さらに、新しい「フレンチ・レストラン」まである。覗いてみると、学生は見当たらない。教官らしい人は数人いるが、多くは中高年の女性である。

 

 パンフレットによると、市民のための「学内ツアー」が毎日行なわれており、湯川・朝永・福井のノーベル賞受賞者が学んだ歴史的建造物や現在の研究施設などを説明しているようだった。そのツアーに参加した帰りのフランス料理ではないだろうか。

 

 レストランを出て、新しく出来た「博物館」に向った。キャンバスには駐車場がない。その代わりに、学生たちの自転車置き場が溢れていた。構内移動は全て自転車らしい。混雑はしているが、自転車置き場が整備されているのが、救いであった。

 都心にある古い大学は我々が学生だった頃より、学生数が23倍になっているところが多い。旧帝国大学で古いキャンバスが今なおゆったりしているのは北海道大学だけではないだろうか?

 女子学生も結構多い。しかし、女子大のような華やかさはない。外国人が増えているのも特徴的であった。

 博物館では、大学の数十年の業績展示が多かったが、小中学生用に、科学実験を引き受けているのが注目された。

 嘗ての「象牙の塔」から「開かれた大学」への変化を視覚的に感じた一日であった。国立大学法人化の影響もあるだろう。

 

 20年ほど前には、私はアメリカの大学もしばしば訪れたが、教授たちのフランクさに親しみを感じたが、日本もそういう時代に向っている。

 私はよく、「大学と科学」公開シンポジウムにも参加する。そこでは、第一線の基礎研究者が一般市民に成果を分りやすく説明するように努力している。

 「開かれた大学」には賛成である。国立大学法人化は賛否両論に分かれているようだが、「開かれた大学」はその良い面であろう。

 

 「象牙の塔」:

 広辞苑によると、

「芸術至上主義の人々が、俗世間を離れ、専ら静寂な芸術を楽しむ境地。また、学者などの現実逃避的な観念的な学究生活」

とある。

 

追伸)

博物館では、ちょうど工学部の歴史展示がなされていたが、工業化学の京都学派としての展示にスペースが割かれていた。

 喜多源逸、桜田一郎、児玉信次郎、堀尾正雄、亀井三郎、宍戸圭一、小田良平、新宮春男、古川淳二、岡村誠三と有機合成関係の教授の業績が並べられ、福井謙一、野依良治の二人のノーベル賞学者で締めくくられていた。