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西村 三千男 記

書評 岩波新書「人物で語る物理入門 上、下」米沢富美子著

 

 著者は女性科学者として初の物理学会会長に選ばれるなど華々しく活躍、マスコミに

もしばしば登場する著名人である。あの湯川秀樹先生に憧れて、京大理学部物理学科へ

1956年入学。主な職歴は慶応大学教授、現在は名誉教授。夫君(故人)は2学年上

で京大経済学部から山一証券というからご夫妻共に我がアイソマーズと京大の同年代で

ある。

 

2005年6月「アイソマーズ・ドイツ化学史の旅」の一日。武山さんとハイデルベ

ルク大学物理学研究所の Dekanat の玄関先で写真を撮影しての帰路、テオドールホイス

橋辺りで物理学者・米沢富美子さんを話題にした。その話題を共有出来たのは武山さん

も私も2003年に放映された

NHK人間講座「真理への旅人たち〜物理学の20世紀」米沢富美子

を視聴していたからであった。

 

 今回の力作はそのテキストに加筆し、章も加えて全15章の構成とし、古代ギリシャ

からガリレオ、ニュートンを経て20世紀末までの物理学、天文学全般をカバーした。

全編が著者のライフワークである物理学への讃歌となっている。また女性物理学者とし

て、その道の女性先達であるマリー・キューリーなどに対する敬慕の念を随所に表明し

ている。「人物で語る物理入門」の書名が示唆するように、歴史上の天才科学者たちの

エピソードが多数語られている。ボーア・アインシュタイン論争、アインシュタインの

女グセ、朝永振一郎の酒ズキ等々読み進むほどに興趣が尽きない。

 

 当HP2004年号に武山さんが紹介されたウィーン中央墓地のボルツマン記念碑の

写真が掲載されている。エントロピーの基礎式 S=k・log W が読み取れる。本

文中ではボルツマンが論敵マッハやオストワルドから10年以上に亘って論難され失意

のうちに自死したこと、お墓までも永年冷遇されていたことが記されている。

 

 日経新聞の書評で海部宣男先生(国立天文台長)は「原爆の開発をリードして英雄と

祭られ、水爆に反対してスパイと断罪され、政治と軍事の波に翻弄されたオッペンハイ

マーの章がこの本の白眉・・・」と評されている。

 

私が感動したのはNHK講座でも本書でも「コペンハーゲン精神の章」である。若き

日のニールス・ボーアが第1次世界大戦中の困難な時期に、デンマークという小さな中

立国で、政府と財界を説得して「開かれた理論物理学研究所」を開設し、世界中から若

い研究者たちを招いて、自由で闊達な討論を通じて量子論の開祖となって行く。これは

後年京大に付置された基礎物理学研究所(湯川記念館)など世界中の類似研究所のモデ

ルとなったのである。

 

                                  (おわり)