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西村 三千男 記

日本の化学工業の嚆矢は?

 

去る7月14日、高分子同友会のグループで日本ペイントの本社、塗料博物館、寝屋

川事業所、総合技術研究所等を往訪見学する機会を得た。

事前に同社OBであるアイソマーズ伊藤ZWさんにメールでご挨拶した。伊藤さんは

見学会ホスト役の後輩達(京大工化会の後輩でもあった)に、予め私のことを顔写真付

き(指名手配のよう)で紹介しておいて下さって、彼等から丁重な応接を受けた。

 

同社は今年が創業125周年の記念の年であるとのこと、その社歴の長さに驚いた。

日本の化学工業の濫觴期に嚆矢となった企業はどこかについて、これまでは教科書的

に、日産化学社であると思っていた。数年前、私が業界で現役であった頃、日産化学の

創業110周年を聞いた記憶がある。暗算してみると、その日産化学よりも日本ペイン

トの方がシニアに思えた。当日の参加メンバー仲間の日産化学の知人に聞いた。彼は、

同社は来年が創業120周年であること、彼自身も自社が日本で最古の化学工業会社で

あると思い込んでいたことを語った。日本ペイントの社歴の方が日産化学よりも6年長

い計算となる。

 

帰宅してから、岩波新書「日本の化学工業」(林雄二郎著)をチェックした。同書は

私たちの学生時代(1957年)に初版が出た。その後改訂を重ね渡辺徳二氏と共著に

なる改訂第4版(1974年)まで出て、現在は絶版となっている。この本の本文中に

は日本の化学工業の嚆矢は日産化学の前身である「東京人造肥料」(1887年設立)

と明記されている。一方、巻末の年表には日本ペイントの前身である「光明社」が塗料

等を製造開始したのを(1881年)と記載している。どちらの史実も正しいようだ。

要は、どの分野の何をもって本邦化学工業の嚆矢とするか解釈の問題であるらしい。

 

                                  (おわり)