鎮魂ミサ曲の美しさ

   (3)ヴェルデイ、ドュルフレ、ブリッテン、タケミツ

 

中村省一郎(1-6-2006)

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ヴェルデイ1815-l901の鎮魂ミサ曲は、彼の恩師である小説家Manzoniの死を悼み、その直後から書き始められた。初演は1974年。ほかの鎮魂曲と異なり、冒頭から金管楽器が鳴り響き、歌劇の前奏曲が始まったような気持ちにさせられる。以下引用であるがヴェルデイの鎮魂ミサ曲を非常によく書き表しているAlthough the premiere of the Requiem took place in a church, it was not meant to be a church service, but rather a public tribute to Manzoni. Verdi used the ancient words of the Roman Catholic Mass for the Dead, a liturgy filled with images of fire, light, darkness, Heaven and Hell….. He evoked these feelings by using the same techniques he used in opera: the eloquent melodies, vigorous rhythms, dramatic contrasts, and highly theatrical moments. In his operas, however, the composer had to express emotions within the context of character and plot. In the Requiem, he had the freedom to express the most universal feelings without being encumbered either by the requirements of theater or by the traditions of church music. And during the course of the Requiem, Verdi pondered thoughts about the finality of death, the nature of God and eternity, and the accountability of every human being. The thoughts and emotions are universal, and the musical settings are often monumental. And yet, the eloquence of the music is such that the Verdi Requiem becomes a personal experience for the listener. 彼は、以前の鎮魂曲とは異なり、天国地獄、火や光と暗闇、人間のはかなさ、永遠の神などをオペラ作曲の手法を用いて音楽に描いたのである。(この考察は、ほかの鎮魂曲の構成と内容を理解するときに役立つので興味深い。)

ドュルフレ(Durufle)は20世紀フランスの作曲家で1902年に生まれ、1989年になくなった。パリ音楽学校を卒業後オルガン奏者として有名になり、1930-1975の間 St-Étienne-du-Montオルガン奏者を勤め、またパリ音楽学校の教授も勤めた。(1975年に自動車事故をおこし、大怪我のためオルガン奏者の職を余儀なくされた。)作曲はオルガン曲と合唱曲が主で、鎮魂ミサ曲は最大の作品ある。この曲の特徴のひとつは、グレゴリアンチャントのメロデイーが合唱曲の中心をなしていて、オーケストラがそれを包む形になっている。しかし現代曲らしく、不安定な音階と和音が多く使われている。それでいて、19世紀のロマン音楽時代に作曲されたかと思わせるような静かで美しい楽章は、19世紀作曲家の鎮魂曲の一部のごとく挿入しても不自然にならない。一度聞くと虜になる曲である。

 

20世紀に作曲された鎮魂ミサ曲のもうひとつの代表作はブリッテンの「戦争鎮魂ミサ曲」でCoventry Cathedral の再建にちなんで彼が依頼をうけて、作曲となった。伝統的に鎮魂ミサ曲に使われてきたラテン語の歌詞と戦争のむなしさを訴えたWilfred Owenの詩が組み合わせて使われている。戦争を否定し、戦死した世界中の兵士に祈りをささげる意味で、初演(1962)の声楽ソリストには英国人歌手一人のほか、ドイツ(Fisher Diskau)とロシアから招かれた。構成が非常に大規模で、合唱団とオーケストラのほかに室内楽団がオーケストラが入れ替わり組み合わせを変えて演奏する。この曲は、美しい純粋音楽のようなつもりで聴いていられない。自分の生きてきた20世紀の戦死者が主題になっていることもあり、作曲者が語ろうとしている内容が音楽と歌詞をとおして伝わってくるからで、「美しい鎮魂曲」の枠を超えている。

 

20世紀の鎮魂曲を書くとき、タケミツ(1930-1996)鎮魂曲に触れないのは片手落ちになる。タケミツの弦楽のみで演奏される鎮魂曲(1957)はストラビンスキイに賞賛された(1959)のをはじめに、タケミツは世界中で無数の賞をうけた。そして「砂丘の女」「乱」「黒い雨」を含む100本以上の日本映画の音楽を作曲した。NHK交響楽団が2002年にタケミツの鎮魂曲を演奏している。タケミツ鎮魂曲は親友の死を悼んで作られたということ以外、作曲の経緯はわからない。しかし他の鎮魂曲と比べて異なるところが多い。この鎮魂曲はキリスト教に全く関係ない。そして作風も全く異なり、他のどの鎮魂曲とも繋がらない。しいて言うならば、ドビシーの作風の影響があるかもしれないこと、ストラビンスキーにも通じるところがあるとはいえ、欧米の音楽から独立した音楽の世界である。タケミツの鎮魂曲をここで聴けるようにしたいと思ったが、33回転のLP(音は非常によい)しか見つからず、インターネットにつなげるためには、録音変換の技術が足りない。後に、この記事の改変版ということで、掲載できるように努力したい。