平成19926

 

卒業50周年(1958.3-2008.3)を前に

山本経二

 

 京都大学工学部工業化学科は、その後の大学院重点化という変化の中で、名称の変遷が激しくわれわれの帰属意識には程遠い名称になっています。また、昭和35年に工業化学科から一部講座を分離し、講座数を拡充して創設された、合成化学科は当時東大と九大にあっただけの先端的な学科名でしたが、これも同じ運命を辿っています。ことに、その後にきた国立大学の独立行政法人化という大きな変化に、現役の教員(もはや教官とは呼びません)は意識がついていけないのではないかと、私などは心配しています。 大学の組織を短期間にこれほどいじくり廻すことが、良い結果をもたらすとは到底思われないからです。

 

 それはさておいて、来年が学部卒業50周年であることに大いなる感慨を催さずには居られません。アイソマーズから何人かが欠けていることは誠に残念ですが、半世紀と言い換えればこれは大事です。金婚式までもつかということも、励みになるかも知れません。

 

 私が助手時代に師事した熊田 誠先生(合成化学科有機金属化学講座)が去る6月末に87歳で他界されました。その追悼記事を用意するために調べものをしていて、思いがけず懐かしい写真を見つけましたので、そのうち23をご覧に入れましょう。出典は京都を中心にした「レトロな建物を訪ねて:建築」というURLで見つけました。

 

 解説記事:

  1) 工学部電気工学教室本館 1900(明治33)年

    設計:山本治兵衛・永瀬狂三 施工:直営 京都市左京区吉田本町  撮影:2007.7.6

 この建物は京都帝国大学営繕課だった山本治兵衛と永瀬狂三の設計。電気工学教室本館は近代的な建物に建て代わっていますが、明治時代の赤レンガ造りであった本館の玄関部分がファサード保存され、新館への出入口として使用されています。 紛れもなく工業化学科の入り口です。

 2)旧石油化学教室本館 1898(明治31)/1922(大正11)年増築
 設計:山本治兵衛・増築の一部 永瀬狂三 施工:不明 京都市左京区吉田本町 撮影:2006.11.23

 本部構内の正門をくぐると左手にすぐ見えてくる、レンガ造り2階建ての建物。先の保険診療所の北側にあります。1階の部分は、明治31年建てられましたが、2階部分は大正時代に増築されたのでレンガの色が違っています。ノーベル賞受賞者の湯川秀樹・朝永振一郎・福井謙一の各氏もここで研究したため、別名「ノーベル賞の館」と呼ばれていますが、一般には旧石油化学教室本館と呼ばれていました。

正面を斜めから。1階と2階の煉瓦が違っているのがわかります。

 

 



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