6-19-2007

論説

NHKニュースの警報音に関する質問

 

朝のNHKニュースは当地の米国コロンバス市ではちょうど我が家の夕食時に放送される。食卓から見られるテレビは、サテライト、ケーブル、録音機なども繋がっているため、3個のリモートコントロールを使わねと操作できないので、私には面倒すぎて手が出せない。

 

さて、妻はNHKのニュースを毎日朝晩欠かさず聞くので、食事時にも重なるため私も聞かないわけにはゆかないのだが、いくつか質問がある。

 

まずは、ニュースの最中にたびたび鳴らされる「チャラーン」と聞こえる警報音である。ここで警報音というのは、おそらく電子楽器による合成音であろうが、始業就業のベル、ブザー、駅の発車ベルとも似ているため警報音と呼んでいる。この音は、ニュース番組の最初にその番組の主なニュースの題目紹介のとき、題目ごとに鳴らされる。ニュースの詳細が始まるとしばらくはないのに、そのうちまた始まる。

 

この警報音の音量は非常に高く、たまたま階下にある書斎にいる時ニュースが始まると、アナウンサーの声は聞こえないのに「チャラーン」だけはけたたましく聞こえてくる。たびたび鳴らされるこの警報音は何らかの意味があって鳴らされるのであろうが、説明もないし、どう考えても理解できない。「チャラーン」をやらないと、話題が変わることに気ずかない人のためにやっているとしか思えない。本当はどのような目的で、視聴者はこれおをどういう意味に受け取ったらよいのかの説明が必要だ。

 

音というのはどんな音でも聞いている者に何らかの影響を与える。だからこそパトカー、救急車などのサイレン、始業ベル、発車ベルなどは理解され、受け入れられる。しかし、意味なくこれらの音を鳴らしたら、いずれも非常に悪質な公害でしかない。

 

NHKニュース番組は音楽に乗せて始まるが、その途中「ちゃりん」という甲高い音がやにわに鳴らされる。これも耳障りであるだけで、意味が分からない。この「ちゃりん」は何を伝えようとしているのであろうか。高い音量でならされるこの背景音楽はニュースを聞きにくくするだけで、何の利点も考えられない。ついでながら、このような甲高くきんきんしたグリュッサンドともアルペジオとも聞こえる背景音は他の番組でも良く鳴らされているが、どのくらいの割合の視聴者がこのような耳障りな不愉快音を好んでいるのであろうか。私には、心臓がともりそうになるくらい不愉快な音である。

 

日本時間の朝のニュース番組で気になることがもう一つある。現地中継の際、アナウンサーの「ふーん」、「へー」という声である。数分の現地中継の間に十回以上聞いたこともある。時には「へーーーーーーーーーーーーーーーーーーえ」、「ふーーーーーーーーーーーーーーーーーーん」と長いのもある。男女アナウンサーの「ふーん」、「へー」が重なって聞こえることもある。現地中継はアナウンサーのためにだけあるようなもので、視聴者はそのおこぼれを頂戴しているみたいだ。こういう音を聞かせないことは、マイクロフォンを持たされる立場にいるすべての人に当てはまることではないだろうか。

 

話が変わるが、日本語の単語が英語の単語に置き換えて使われるため、日本語が急激に混乱しつつあることはたびたび指摘されている。カナ書きの英語単語を導入するのは新聞雑誌と放送局であるが、いったん導入されるとその英語単語を得意になって使う人は驚くほど多い。今まで大衆に知られていなかった英語単語をはじめて使うとき、放送局の責任は大きい。なぜ日本語でしっかりした単語があるのに、カナで書いた英語を使わなければならないのか、理解に苦しむがその点については改めて論じよう。こん回指摘したいのは、もしカナで書いた英語をニュースで使うなら、発音と意味について徹底的に調べて理解してからにしていただきたい。一例について書くと、最近こんなことがあった。アナウンサーの「シンドロームー」という言葉に一瞬とまどった。「ー」のところにアクセントがあったので、syndromeと受け取れなかったのである。日本語で言えば誰にでも分かるのに、わざわざ英語を使った理由は何なのか理解できないが、最近の流行なのであろう。

 

英語の単語を使いたがる人が多い反面、本当の英語発音すると多くの人は反発する。だから、まずかな書きにしてそれを使うのであろう。したがって、カナ書きは仕方がないのかもしれない。しかしもうひとつ問題はアクセントの問題である。日本語でもアクセントが変わると、「はし」のごとく意味が全く変わったり、ぜんぜん意味が通じなくなる言葉が多い。

 

syndromeを「シンドロームー」と発音するアナウンサーは、英語会話が外国で通じるほど堪能でないのかもしれない。それはよいとしても、国際ニュースとして世界中に向けて放送するNHKの主力アナウンサーであるからには、よく知らない単語を使う前には、字引をしらべて意味と発音を確認し、言葉の由来も理解し、さらには、なぜ日本語で言えることをカナ英語で言おうとするのかの意義を十分思慮した上で慎重に使っていただきたい。

 

syndromeを知っていても「シンドロームー」には戸惑うが、知らない人にとっては、日本語の辞書も英語の辞書も役に立たず、迷惑千万であろう。NHKにしてみれば、「シンドロームー」の理解できない人は、切捨てということかもしれない。

 

ニュースの直後に天気の中継が始まる。始めは小さい音の背景音楽はだんだん大きくなり、アナウンサーの声と競合し始める。非常に聞きにくいばかりでなく、騒々しい。アナウンサーの声が引きつってくる。この聞き古した音楽で楽しめというつもりかもしれないし、あるいは、ほとんど聞けなくなっているアナウンサーの声を努力で聞けというのかも知れない。

 

実を明かすと我が家では、「チャラーン」、「ちゃりん」、「へーーーーーーーーーーーーーーーーーーえ」があまりにも耳障りで不愉快なので、ニュース番組のほとんどは音を消して画面だけにする。幸いけっこう字幕が出るので、それを見ながらどうしても必要なときだけ音を出す。これがわが祖国から国際放送としてサテライトで届けられるニュースなのである。

 

私は、妻がNHKを聞かなければ、自分では視聴しない。自分の書斎か寝室でCNN、NBC,BBCなどのnewsその他のテーマ専門局の番組をみる。これらの放送局では、常識的に見てこりゃいかんと思うような問題が見当たらない。私のごとき外国住まいの視聴者から、NHKあてにこのような苦情や質問を書くのは心苦しいことである。しかし、いつまでたっても問題が直らないのは、日本では放送の権威であるNHKの向かって物言いをつける人がいないからだと思われる。不思議なことながら、「チャラーン」、「ちゃりん」、「へーーーーーーーーーーーーーーーーーーえ」が鳴ってもぜんぜん聞こえない視聴者も日本国内には大勢いるのである。その一方NHKを絶対に聞こうとしない高学歴者層も厚い。したがって、今回も思い余って筆をとった次第である。

 

以前にも何度か書いたように、私はNHKの番組の内容についてはほぼすべての分野で敬意を払っている。しかし煩わしいのは、余計な音の扱いにかんする無神経さである。科学番組、絵画や建築番組であまりにも多くの使い捨ての背景音楽で、せっかくの文化内容を全くそこねている。視聴者にしてみれば、科学番組、絵画や建築番組を視聴するためには、やかましくつまらない音楽や、やにわに鳴らされる警報のごとき雑音を我慢して聞いていなければならない。たとえば料理番組であるが、講師の話の最中にベルあるいは「チャリチャリン」というような甲高い音がけたたましくやにわに鳴らされる。意味がよく分からないばかりでなく、一瞬なんだろうとおもったとたんに、講師の話を聞き落とすことにもなる。米国では、料理専門のテレビ局があって、毎日ほぼ20時間料理番組ばかりを放送している。また歴史番組専門局、建築専門局などがある。これらの番組中で闇雲に「チャリチャリン」のような意味の分からぬ警報音を聞いたことがない。わずらわしい背景音楽は入れない。だから、内容に興味があるかぎり何時間でも聞いていられる。これが当然ではないだろうか。

 

テレビ放送の役割は、画像と音声で情報を伝えることである。伝える情報が音楽であれば、話声などは雑音である。逆に、話を伝えるなら無造作に入れられた音楽は雑音である。NHKの番組になぜ雑音音楽や警報が多いのか理解に苦しむが、察するところ誰も真剣に取り組む人がいないのではないかと想像される。おそらくNHK背景音規格などというものがあって、だれも疑問をはさまずそれに従っているのであろうか。

 

NHKの建築や絵画の番組には優れたものがおおいにもかかわらず。見ていられないのは、背景音楽のためである。音楽はそれだけで人の心を規制する強い力がある。従って、絵画を背景音楽とともにみせられると、背景音楽で「この絵はこの音楽のように感じなさい」と、感情をしばられるのと同じである。絵画と音楽は異質のものであり、組み合わせると、組み合わせの結果の価値しかみとめられなくなる。もし組み合わせるなら、究極の組み合わせでしかあり得ない。絵画も音楽も生半可にしか理解しない製作者のやることではない。場違いな組み合わせも多い。全く音を消して見るか、全部消すかの選択だけが残される。

 

不思議なことがひとつある。それはスポーツ番組では、背景音楽がめったになく「チャラーン」、「ちゃりん」、「チャリチャリン」が絶対にないことである。もし入れたら、視聴者から猛烈な抗議がおこるであろう。それなら、なぜその他の番組では聴かされるのであろうか。スポーツ番組にくらべて、視聴者の数がずっと少ないからではないだろうか。要はスポーツ番組以外の視聴者を軽くあしらい、ばかにしているのかも知れない。しかし、音楽番組でないかぎり、視聴者の聞きたいのは言語で伝えられる内容であって、背景音楽や警報ではないのである。これはスポーツ番組でも医学番組や芸術作品の番組でも同じである。

 

音の扱いで、最近見たNHKの番組で非常に感心した番組があった。それは「プラネットアース」であった。背景音楽が実に控えめで、上手に入っていて、NHKでもこんなことが出来るのだと感心したのであった。しかし、これは外国で作られた番組の日本版、日本人のナーレータとガイドが出てくるだけで、本体はNHKの製作ではなかったことがその後判明した。

 

視聴者の立場になって音の扱いを検討し、それぞれの音が何の目的であるかをはっきりさせ、また音が視聴者にどのような影響を与えるかを研究していただけば自然と治るはずである。あるいは、NHK製作者の音感教育からやり直さなくてはいけないのかも知れない。もしそうなら、日産のごとく、外国人の番組製作者を雇って見るのも一方であろう。NHKには外国人の背景音監督はいないのであろうか。いずれにしても、見やすく聞きやすい番組にするため、背景音の扱いを世界的な水準にまで向上させていただきたい。それがない限り、優秀な番組内容製作係員の努力にもかかわらず、放送は三流の域から上らない。NHKのどの番組でも「プラネットアース」のような音の扱いが出来れば、一流という言葉を惜しまないであろう。  

 

中村省一郎

米国コロンバス市在住

 

 

この記事はhttp://isomers.ismr.us/isomers2007/index.htmにも掲載しました。