NHKへの公開書簡

「背景雑音についてのお願い」

 

 過去何度か背景音楽とカナ英語の使用に関しての苦情をお送りしましたので、覚えている方もおられるかも知れません。

 

書簡によるご返答はいただけなかったものの、私の指摘しました問題の多くはNHKの番組から解消していただいたことを考えますと、私の指摘が受け入れられ、取り入れられたものと思われ、深くお礼を申しあげます。最近久しぶりで聞いたクローズアップ現代では、不愉快な背景音楽や意味のない背景雑音は一切聞きませんでした。

 

私がこのような手紙を差し上げますのも、NHKの番組の内容が非常に優れたものでありながら、わずかの不注意な背景雑音で大事な番組の価値が損なわれていることを、さらに理解していただきたいからであります。

 

日本では、高いレベルの知的職業についている人の多くが、テレビはくだらないと言い、見ようともしないことをご存知ですか。私はNHKの内容はくだらないどころか、非常に優れていると敬意をもって聞こうとしていますが、わずかな事ながら無思慮な背景雑音のためにNHKの放送受信を切らなけらばならないことも多いのです。それでも聞くと言い張る家族のいるときは、自分だけ別の部屋にいって、皆とは離れて過ごさなければならず、家庭不和の原因にもつながりかねません。

 

今回指摘したいのはニュース番組、料理番組などで使われている甲高く鋭い背景(雑)音についてです。ニュース番組では、個々のテーマの始まる前に甲高い(授業開始終了のベルに似た)合成音が鳴らされます。あれは何のためでしょうか。ニュース番組で新しいテーマに切り替わるときは、ニュースを聞いて理解できる知能を持ち合わせた視聴者なら、ベルを鳴らされなくてもはっきりわかります。(テーマが切り替わる瞬間が分からない馬鹿な視聴者も多いと言われるなら、ヘッドラインの字幕の色を必要な瞬間に変えれば、不快な音なしに出来ます。)ニュースというのはほとんどが不愉快な内容ですから、合成音のベルは不愉快な音をきかせて、聞く前の心の準備を促しているのかもしれませんが、あの音は聞く人の血管を収縮させて血圧を高める役はしても、ニュースをよりよく理解する助けにはなりません。NBC,CNN,BBCなど、英語圏のニュース番組でヘッドラインが新しくなるたびに不愉快な雑音を聞かせる放送会社はありません。我が家では、あの音が聞きたくないので、ニュース番組が始まりそうになると、多くの場合テレビを停止します。

 

次によく似た問題を抱えるのは、料理番組です。料理番組では講師が実演をしながら説明しますが、その間何度か鉄琴のような楽器のグリュッサンド(高音から低音、あるいは逆方向に、早い速度で順番に打つ)を高い音量で聞かせる、それから幾つかの(NHKの選んだらしい)言葉と同時に、かん高く鋭い雑音を聞かせることが行なわれています。視聴者にとっては、大事な相談中に子供が入ってきて、なべの蓋を叩いたようなもので、まったく幼稚で無意味なだけでなく、大事な言葉さえも聞き落とすことになりかねません。

 

テレビ番組は音(言葉を含む)と画像の伝達であります。したがって、音の一つ一つに意味がなければなりません。意味のない音は雑音で、いれてはならないものです。したって、背景音を入れる場合は、その音がどういう意味であるか、そして視聴者にどういう効果をもたらすのか、十二分に検討したうえで使用ていただきたいのです。このことは、学校の教師、出演者、公演者などはみな常識的な心得があって、自分や他人が話している間、それを邪魔するような雑音は絶対にはいらぬように注意しています。その常識を守らないのが「権威の高い」NHKであるといえます。

 

バイオリンの名手アイザックスターンが弟子に、楽譜の音の一つ一つにどういう意味があって、どう弾けばよいか説明せよと要求したというのです。しかし、このことは音楽演奏者だけにとどまらず、音を聞かせる職業に携わる者すべてにあてはまることではないかと考えます。

 

内容の高い番組をつくるためには、取材係原稿著者編集者その他の大勢のひとが苦労を重ねて働かれた結果です。それが最後の演出のときになって、内容も視聴者の立場も全く理解していない雑音係に、心無くもぶち壊されているのではないでしょうか。取材係、原稿著者、編集者などの関係者が、このことをどう考えておられるのか知りたいものです。彼らは、意見があっても、上司に屈して言えないのではありませんか。

 

NHKのドラマなどでは、まだまだ、背景音楽の音量が話している声量と同じくらい大きく、話している内容が聞き取れないことすらあります。話し声を背景に音楽を聞かせたいのかなと疑うことすらありますが、それにしては多くの場合音楽がお粗末過ぎるし、かといって話の内容が聞き取れないというのは、どこか間違っていませんか。また背景音楽は、かなり音量を下げたばあいですら視聴者の感覚や感情を規制する働きがあります。したがって、せっかくの文化内容であっても、不適切な背景音楽が文化内容の伝達を妨げている例が、多く見られます。

 

NHKでも、スポーツ番組たとえば相撲中継で、常識のない背景音が使われないことは、興味深いことです。もしやれば、多くのファンから常識ないとして、叩かれることでしょう。しかし、そこでの常識がなぜニュースや料理番組で通用しないのか理解に苦しみます。

 

いずれにせよ、まずは、このような耳障りな背景音を全部廃止してください。もし背景音をいれるのであれば、背景音の意味と効果を、徹底的に検討してから実施していただきたいのです。背景音と背景音楽の使い方に非常に敏感で熟練しておられるのは、優れた映画や長編ドラマを制作する監督ではないでしょうか。このような人と会う機会はありませんが、音のバランスが悪ければ優れた作品としては受け入れられないことも、また実際、優れた作品では音のバランスは非常に注意深く扱われていることも明らかです。背景音の検討にはこのような経験者を含めておやりください。音が人にどのような影響を及ぼすかは、堅苦しくいえば音響心理学になるのかもしれませんが、常識的な検討だけでも、多くのことを改良することが出来るはずです。このようなテーマがNHKの番組内で扱われたことはないようですが、「ためしてがってん」などで取り上げていただけると興味ある番組になるかもしれません。

 

さらに欧米諸国で背景音と背景音楽がどのようにつかわれているかを良く観察していただきたいのです。はっきりした違いは、

(1)多くの場合、人がしゃべりだしたら背景音楽はぴたりとやめる、

(2)そうでなくても、話中の背景音楽の音量は、NHKの3分の1以下、

(3)背景音楽の選択がうまい、

などにあります。こういうことをしっかり取り入れていただければ、私の苦情はなくなるでしょう。

 

最近、韓国の長編ドラマの背景音楽の作曲と演奏、演出のレベルの高さには目を見張らされる思いです。参考にして下さい。

 

最後にもう一つ。現地中継は興味のある内容がほとんどですが、スタジオの男女アナウンサーたちの「ふーーん」、「へーー」とかいった呟きが何度も聞こえてくるのも、非常に耳障りです。こういう声を聞かせないことは、マイクロホンを持たされた人たちの責任ではありませんか。

 

日本では私のような苦情を、放送界の権威であるNHKに向かって書く人は、おそらく居ないでしょう。また、これらは些細なこととして気にしない人がほとんどかも知れません。だからといってほっておくと、次のことと似たことになるでしょう。

 

最近米国で猫の肥満症、糖尿病、眼病が増えてきたというので、どういうことなのか調べてみますと、キャットフッドの製品と関係していることを知りました。もともとキャットフッドはドッグフッドから転換された製品で、ドッグフッドは、人間の食べない脂肪や内臓、安いコーン(とうもろこし)で儲けることに目をつけた業者が始めたといいます。キャットフッドには二種類あって、一つは缶入りで50%は動物肉、あとの50%はコーンなどの炭水化物、他の一つは袋詰めで20%動物肉、80%炭水化物。肥満症、糖尿病、眼病は袋詰めキャットフッドをたべている猫に決まって起こる。猫は炭水化物を必要とせず、すべての栄養とエネルギーはたんぱく質から採るように体が出来ています。だから炭水化物がほとんどのキャットフッドをたべても食欲が満たされず、それしか食べられない猫は、さらに多く食べる結果になり、炭水化物の異常な取りすぎになることが、肥満症、糖尿病、眼病を起こす原因になっていることが最近判明したのです。その証拠に、これらのわずらった猫に、魚に多量にふくまれるアミノ酸であるタウリンを与えると回復するそうです。しかし、このことは最近ある研究者に発見されるまで、猫の飼い主はもちろん、キャットフッドの製造会社も気がつかなかったのです。ただただキャットフッドしか与えられず物言えぬ猫が病み苦しむばかりでした。

 

NHKの世界向け放送は今後拡大されると聞いています。すでに書きましたように背景音、背景音樂の適切な扱い、言い換えれば世界的なレベルでの扱い、は今後ますます重要になることでしょう。この際、組織的にも、職員個人個人でも、この問題に深い関心を払ってくださり、私ごとき部外者から苦情を書かなくても良くなられるよう願っています。

 

中村省一郎

米国オハイオ州コロンバス市在住

オハイオ州立大学名誉教授

2007年1月19日