皮様様    中村省一郎(3-30-07)

 

ピーナッツの薄皮を食べるのが大切だということは、木の実にも当てはまり、アーモンドの種、胡桃、銀杏などでも同じ。穀類でも玄米、大麦、小麦など、精製しない皮付きのままの方が健康によいというのは、やはり植物の種の皮に大事な成分が多く含まれているということだ。殆どの場合、種の皮は食べにくく、捨てたくなるが、このように見てくると、皮様様である。

 

明治の初期、精米機が普及し、白い飯を食べるようになるととたんに脚気が流行した。それは玄米の皮に含まれるビタミンを食べなくなったことに原因があった。その解決には、青葱を食べることが奨励され、解消していった。雑穀を食べているとこのようなことは起こらない。

 

豆腐を作るとき、大豆の皮はおからとして残される。しかし最近の豆腐の製造法では、おからを非常にこまかくして豆腐に混ぜていることを、一度ならず読んだことがある。世界中の豆腐が全てそのように生産されているかどうかは、わからない。

 

味噌造りでは、大豆の皮は捨てない。その理由は、麹による分解で完全に形がなくなり一様に混ざってしまうからである。麹が植物繊維を分解する力はものすごい。以前に書いたセルラーゼは、麹にすでに含まれているのかも知れない。麹の動物繊維を分解する力もつよく、極安の筋肉などを麹〈酒かすと酒を半々に混合したの〉につけておくと、柔らかになり、最高級品に成り代わる。

 

おからというのは、若いとき食べた記憶では、「卯の花」とか言う名前はよいのだが、まずいものの代表であった。最近、大豆の食べ方の研究中であるが、ひとつの発見は、おからを長時間煮るか、圧力鍋で煮ると、やわらかになり、スープ、カレー、肉団子に入れてもよく、美味しく食べられることである。確か親の時代には、おからは短時間しか煮ていなかったように思う。豆乳を自分で作る人は、この方法で残りかすを利用するとよい。