自然発酵二題

中村省一郎               3-5-2007

 

「1」自然イーストによるパン

 

パンは通常イーストで作るが、自然イーストを用いる方法もある。市販のイーストは19世紀半ばころ(パスツールの細菌発見の後)で、それ以前はパンはすべて自然イーストに頼っていた。しかし現在も、自然イーストが必要なパンが何種類かある。その種類とは、サワードーブレッド、ライやそば粉の多く混ざった黒パン、または精製していない小麦粉のパンなどである。サワードーブレッドに自然イーストが必要な理由は、市販のイーストでは酸味がでないからである。黒パンや未精製の小麦粉に自然イーストが必要なわけは、これらは市販イーストでは膨らまない。つまり、発酵ガスは出ても、グルテンが少ないのでガスが抜け出てしまい、パンを膨らす作用がない。ところが、自然イーストは、グルテンの少ないライやそば粉入りの黒パンでも、じっくり時間をかけて、じわじわと膨らむ。

 

さて自然イーストはどうして手に入れるかといえば、簡単である。なるべく精製していない小麦粉を大匙に1~2杯と半カップの水をコップに入れ、攪拌したのち、室温で3日くらい放置すればよい。サワードー種をつくるためには、

そのあと水と小麦粉を少しずつ加えながら10日くらい待つと酸味が増してくる。

 

一方、市販のイーストは実に便利で、再現性が非常によい。つまり、同じ条件でパンを作るとまったく同じ結果がでて、ばらつきがでない。それに比べると、自然イーストでパンをつくるのは容易ではない。自然イーストを作るときの温度条件また経過した日数、またパンの発酵環境などで、結果は非線形に変化し、同じようにやったつもりでも、発酵にかかる時間が何倍も変わることがある。

 

出来たパンは、市販イーストと漂白小麦粉で作ったパンとは全く異なり、素朴で遠い昔を思い出させる味がある。ロシアの黒パンはこれに近い味がしたし、またアルザス地方の黒パンも非常に上品な味ではあったが、自家製自然イーストのライ麦パンから思い出さされる。

 

ついでながら、自然イーストと使うというのは、日本でも江戸時代中期までは酢が発明されておらず、寿司はすべて、かぶ寿司(豊臣秀吉も好んだといわれる)のごとく自然発酵にたよっていたのと似ている。実際、自然イーストと寿司の自然発酵にかかわった菌は本質的に同じであったと考えられる。このことは、次節で述べる自然ヨーグルトとも関係している。

 

 

 

 

 

「2」カスピ海ヨーグルトと自然イーストヨーグルト

 

カスピ海ヨーグルトは胃腸を助け、病気の予防に役立つというので、ぜひ味見したいと思ったが、唯一の方法はカスピ海ヨーグルトの菌を手に入れて自分で作るほかに方法がない。カスピ海ヨーグルトの菌が米国でも入手できないか、インターネットで探してみると見つかったので注文したが、一週間は待たなければならない。

 

その間、次のようなことを考え試みた。自然イーストには、乳酸菌が混じっていて、サワードーのパンに用いられている。そこで、自然イーストを作り、その上澄み液をミルクにくわえて放置すればヨーグルトになるのではないかと思い、早速やってみたところ、室温で約12時間放置しただけで、ヨーグルトができてしまった。(註:自然イーストは「自然イーストによるパン」参照)

 

 

市販の味付けのしていないヨーグルトよりは酸味が少なく、甘みが少しあり、匂いはヨーグルトにそっくりである。初めての経験でもあるし、用心しながらではあったが、結局おおきなコップに一杯たべてしまった。もちろん体に何の異常も起こらない。

 

そうこうするうちに発注しておいたカスピ海ヨーグルトの種が到着したので、前と同じ条件で仕掛けた。こんどは、さらに市販のヨーグルトを種にしたものも用意した。カスピ海ヨーグルトは室温で12時間後、自然イーストのとほぼ同じくかたまっていた。その後さらに12時間後、カスピ海ヨーグルトはそれ以上変化していない。市販のヨーグルト入りは、計48時間後もヨーグルトになる気配はまだない。市販のヨーグルトは35Cくらいで発酵するのが普通というが、我が家の台所の平均気温は19C。

 

カスピ(海)ヨーグルトと自然(イースト)ヨーグルトを比べると、前者のほうが酸味が強く、香りも少し異なるような気がするが、さほど大きな違いはないように思われる。酸味は種菌の入れる量によって影響があるかも知れない。しかし、自然イーストからほぼ同じヨーグルトが出来るというのは、我ながら愉快な発見であった。

 

しかし、考えてみると、これはそう不思議なことではないようにも思う。チーズの製法を調べてみると、発酵菌種はミルクを空中に放置し、ヨーグルトのように固まったものを使うと書いてある。また漬物は、世界中出来ない土地はないであろうが、その酸味は空中の乳酸菌の発酵による。自然イーストの中の菌の種類を報告した文献もあり、それによると少なくとも20種の菌は入っている。ミルクにいれると、それらの菌のなかからミルクを好む菌が増殖すると考えてよい。

 

カスピ(海)ヨーグルトと自然(イースト)ヨーグルトでは、菌が異なるかどうか興味があるが、素人には調べる方法がない。しかし、次の話は参考になる。サンフランシスコ名物のサワードーパンは、自然イーストを用て酸味を出す。ところが、他の土地で、いくらサンフランシスコの自然イーストを取り寄せても、同じパンはできないという。その理由は、自然イーストというのは、一度出来上がると、そこへ水と小麦粉を足して続けて行くのが慣わしであり、何世代にも受け継がれるという話もあるくらいだが、そこで生息する菌は、結局その土地土地の空気中の菌が大勢を占め、最初の菌はなくなるというのである。

 

このことは、ヨーグルトの場合にも当てはまると考えられる。カスピ(海)ヨーグルトと当地の自然ヨーグルトでは菌の種類や混合の割合が当然異なるであろう。しかし、カスピヨーグルトも、元の菌種を用いない限り、(つまり、出来たカスピヨーグルトの一部を次の種にするのでは)カスピヨーグルトは知らぬ間に地元の自然ヨーグルトに変身してしまう可能性がある。

 

それほどまでに、カスピヨーグルトに執着しなくても、自然ヨーグルトでよいのかも知れない。菌種を買う必要がない上、室温で一晩放置すれば出来るのである。当分比較を続けて行きたい。