反芻動物の噛み酒?     中村省一郎   (8-26-2008)

 

また酒の話になって恐縮なのだが、この種の話題には非常に現代的な面もある。ガソリンの値段が高騰するとともに登場してきたのが、穀物や砂糖から生産するアルコールである。しかし、燃料用のアルコール生産はたちまち食料値段の高騰に繋がってしまった。そこで注目され始めたのが、セルローズからアルコールが出来ないかという課題である。

 

化学を学んだ者は、セルローズと澱粉はほぼ同じ化学構造で、どちらも分解すれば、糖になってしまうことを知っている。これは、どちらも糖が長い鎖になって結合しているためだが、その結合の仕方だけが少し異なるだけで物理的化学的性質が非常にことなる。一方は人間の食料として利用され、他の一方は建材や衣服の材料として使われてきた。しかし、建材や衣服でも植物繊維で出来たものなら、糖に分解出来さえすれば、それからアルコールにすることはいとも簡単である。

 

トーモロコシ其の他の澱粉をアルコールに変えるには、2段階の工程が必要で、一つは澱粉を加水分解して糖に変換する。このためには麦芽のアミラーゼ(酵素)、あるいは麹に含まれるアミラーゼを用いる。二つ目は、イーストによる発酵で糖をアルコールに変え、その後多段蒸留でアルコールの濃度を高める。これは甲類焼酎やウオットカを作るのとまったく同じ工程である。イーストは糖をアルコールにすることが出来るが、澱粉や繊維を直接変化させることは出来ない。

 

しかし、穀物は農作物のごく一部分であって、植物の繊維質の部分、つまり葉や幹の部分は大量に捨てなければならない。それらからアルコールが出来ないか考えるのは当然である。それが可能になれば、落ち葉や木の幹からもアルコールが取れることになるので、はるかに大きな資源である。実際にそのような技術はすでにあって、発酵によるものと、熱と圧力をかけて繊維を分解してから、アルコール発酵を行う二通りに分かれる。

 

澱粉を糖に分解するために必要なアミラーゼは、麦芽、麹、唾液に含まれている。厳密には、穀類が発芽するときにはすべてアミラーゼが出来る。それは、植物が成長するとき、種の中の澱粉をそのまま使うことが出来ず、必ず糖に分解しないと利用できないからである。しかし、麦芽のアミラーゼは圧倒的に多いため、人間は麦芽を用いる。ところで、平安時代には、麦芽はもちろん麹も知られていなかったので、酒は「噛み酒」の方法でつくられた。ご飯を噛んでから、つぼにいれて発酵させたのが噛み酒である。ご飯が、唾液のアミラーゼによって、糖に分解されはじめると、糖のアルコールはほっておいても自然のイーストで酒が出来た。噛み酒は日本だけでなく、アンデスやペルー地方の原住民たちも、スペイン人がやってくる以前にトーモロコシで作っていた。(今でもその伝統は少し残っていて、医学的な効果が注目されている。)

 

人間の唾液にはセルローズを加水分解できるセルラーゼは含まれないのだが、反芻動物の唾液と第一胃にセルラーゼがある。(ヤギ キリン アメリカおよびヨーロッパの野牛  ヤク水牛 鹿 ラクダ アルパカ ラマ 角馬カモシカなど、胃が4個ある。)したがってこれらの動物たちに、噛み酒の手伝いをしてもらえば、草や木の幹からでもアルコールが出来るのである。(よだれをやたらとたくさん出す反芻動物を開発するのも不可能ではないだろう。よだれをどうのように集めるかはだれかの特許のテーマになるはずだ。)

 

セルラーゼは工業的にも作られているが、値段は1ガロン(3.6L)のアルコールと作るのに60セント(66円)、つまり18円/Lくらいかかる。これはアミラァーゼに比べればはるかに高いが、しかし現在のガソリンの値段を考えれば採算はとれるはずだ。一方、セルラーゼの技術があれば、焼酎よりはるかに儲かるのではないだろうか。

 

最近の情報によると、月桂冠の研究所では麹菌のDNAを組み込んだ新しいイーストを(スーパーイーストという名で)開発中で、これが出来ると、麹による加水分解とイーストによるアルコール発酵を二段階で行う必要がなくなり、また原料として、セルローズも使えるようになるという。この分野の急速な発展が望まれる。