2008.1.11

西村 三千男 記

 

連載「ドイツ化学史の旅・パート2のこぼれ話」

 

第9回 E.メルク社〜その2(アメリカのメルク Merck & Co. USA との関係)

 

E.メルク社の社史Was der Mensch thun kann...(What people can do)

 

 藤牧さんの斡旋で、旅行出発前にこの社史を入手し、同社について予備知識を仕込ん

だ。その中から、同社の長い社歴を短く紹介し、アメリカのメルク社 Merck & Co. USA

との関係の歴史的な経緯を抜き書きしよう。

 

創業から340年

E. Merck Darmstadt の前身は「天使薬局(Engel Apotheke)」である。その源流を遡

ると1668年にメルク家の先祖が既存の薬局を買収したことに始まる。社歴は340

年の長きに及ぶ。永年に亘りファミリーオーナー企業であった。1995年に初めて株

式公開(社史ではIPOと称している)に踏み切った。

 

19世紀に同社「中興の祖」と云われる第6代の当主 H. E. Merck が自分で研究開

発した製造技術により医薬品としての高純度アルカロイド類(モルヒネなど)の量産に

成功した。事業を「医薬品販売業」から「医薬品製造販売業」へと展開したのである。

この時代に、ダルムシュタット出身のリービッヒから社業への指導、協力を得ていた。

その他の多くの化学者たちとも親交があったと記録されている。研究開発型の企業経営

の遺伝子はこの時代に根付いて、その後の発展の礎となった。

 

第1次、    第2次世界大戦で人的にも、設備的にも壊滅的な打撃を受けたが、その都

度たくましく蘇り、更なる発展を続けた。これは、経済環境の幸運な追い風に恵まれた

こともあったが、オーナー経営による迅速果敢な意志決定、工場復旧に献身的に労働奉

仕する従業員の帰属意識の貢献も大きかった。

 

 1950年頃から経営の多角化を目指して化学品の研究開発にも注力し、今日では医

薬事業と化学品事業が半分半分にまでなっている。就中、液晶材料事業の大成功は20

世紀終盤の業績急成長の原動力となった。

 

Merck & Co. USA との関係

19世紀に事業をヨーロッパ諸国に展開していた E. Merck Darmstadt は1887年

に北米ニューヨークに支店を開設、その数年後には Merck & Co.を設立している。初期

には Darmstadt から製品を輸入販売していたが、間もなく米国 Rahway St. Louis

に現地生産工場を建設した。

 

第1次世界大戦の末期、1917年に北米の子会社であった Merck & Co. は没収さ

れ、さらに終戦後、敗戦国であるドイツの親会社 E. Merck, Darmstadt から完全に独

立して純然たるアメリカの企業 Merck & Co. となり、その後大きな発展を遂げた。

 

1932年に「Merck」という商号はUSAとカナダでは Merck & Co. USA が、世界

のその他地域では E. Merck Darmstadt が使用する、と契約で定めた。第2次世界大戦

後の1955年に、E. Merck Darmstadt が北米で事業を再開するに当たり、この契約が

再確認されて、E. Merck Darmstadtが北米で設立する子会社には「Merck」を使用せず、

EM Industries」「EM Pharmaceutical」のように「EM ◯◯◯」と命名してきて、現在

では「EMD Inc. USA」となっている。一方、Merck & Co. USA は北米以外のでは「MSD

(Merck Sharp & Dohme の略)を使用している。「今日でも、世界中の新聞やTVで両社

をしばしば混同している」と社史は結んでいる。

 

 さて、武山さんが編集され(西村が一部差し替え)た「メルク社見学の組写真」を

ご披露しよう。

 

        メルク社見学の組写真1 (クリックして開いてください)

 

(以下次回)