2008.1.22

西村 三千男 記

 

連載「ドイツ化学史の旅・パート2のこぼれ話」

 

第10回 E.メルク社〜その3(アーカイーブス)

 

工場見学の案内は専門知識を持った女性研究員の Ms. Eiers であった。彼女がメルク社

の車を自ら運転して案内してくれた。プラントや研究室は、概ねその車窓から見学、自動

倉庫と企業アーカイブ展示館では降車見学した。

 

展示館で Ms. Eiers から紹介された担当女性(左上写真の中央)は展示館館長で、学位

を持った専門家であった。翌日から「ミイラと薬学」の国際会議に出席するためにスペイン

へ出張すると語っていた。

 

後ろの書棚は1832年にリービッヒが創刊した「薬学年鑑 Annalen der Pharmacie」で

ある。誌名は、その後「Annalen der Chemie und Pharmacie」(1840〜)と改称。さら

にリービッヒ没後は誌名の前に「Justus Liebigs・・・」を冠として付けたり、種々変遷し

ている。第2次世界大戦で2度も戦災を蒙っているが(少しの欠番を除き)ほぼ全巻揃って

いるので、社外から文献調査に訪れる人も多いという。なお、第6代目当主のエマヌエル・

メルクはリービッヒから誘われて、一時この年鑑の共同編集者となったが、社業多忙のため

短期間で辞任した。

 

我々がリービッヒ、ケクレ、ヴェーラーの史跡巡りをしているのをご承知で、我々の為に

リービッヒやケクレの貴重な資料を閲覧机に準備してくれていた。伊藤一男さんが垂涎する

ほどの珍しいアーカイブの数々であった。

 

ヴェーラーがシアン酸アンモニウムから合成した尿素だと称する結晶がガラス瓶に封入し

て展示されている。不純物のためか、経年変色したためか「淡褐色」である。これがヴェー

ラーの合成品であるかどうかの真贋を筑波大名誉教授・原田馨先生が論じている。

(関東化学社の The Chemical Times 1996年 No.1のp.15)

 

 上に述べたのは展示館2Fであったが、1Fには古い製薬の道具類や原料、さらに東洋医

学関連で漢方薬の各種原料(植物、動物、鉱物)を蒐集展示している。フグ毒を説明するの

に「フグちょうちん」まで展示していた。

 

館出口には、訪問者に「自由にお持ち帰り下さい」と資料類やカタログが山積されていた。

Ms. Eiers はその中から、液晶の開発史(The History of the Future)5冊を我々のために

選んで手渡してくれた。

 

右下の写真の右がそれである。左は社史(Was der Menschen thun kann…)。

 ここに武山さん編集(西村が一部差し替え)の「メルク社見学の組写真2

 

(以下次回)