2008. 3. 6

西村 三千男 記

連載「ドイツ化学史の旅・パート2のこぼれ話」

 

第13回 アビトゥーア(Abitur)と専検/専卒検

 

フラウKのファミリーは本ホームページにたびたび登場してきた。我が家とは40余年前

のデュッセルドルフ駐在時代から国境を越えた長い交友歴がある。2007年秋の旅でも、

予め約束しておいて到着の翌日9月12日(火)の午後のお茶タイムに訪問した。

 

フラウKの長女には双子の男子がある。フラウKの孫である。その双子の孫が生まれた頃、

家内は毎年のようにフラウKのところにホームステイしていた。長女とは夙に親密で、双子

とも幼時から親しい。その様なわけで、我々がKファミリーを訪問すると、彼ら双子は必ず、

例え短時間でも家内に会いに来て挨拶する。今回もそうであった。

 

彼ら双子(イニシアルでJ君とM君)は実科学校(Realschule)の最終学年になる。「学

校を楽しんでいるか?」と尋ねると、「アビトゥーア(Abitur)で少しでも良い成績をとる

ように猛勉強している.」という。ドイツに多少の関心のある方々は多分ご存知のように、

アビトゥーアとは高校レベルの学校を卒業する際に受験する「大学入学資格試験」のことで

ある。州によっても多少の差違はあるし、ドイツも学制改革中で一概には言えないけれど、

アビトゥーアの成績次第で希望の大学へ(無試験で)入学出来ることになっている。ところ

で、件の双子の通学しているのは、いわゆるギムナジウム(Gymnasium 大学進学校)ではな

く実科学校(Realschule)である。「なぜアビトゥーアを?」と聞くと「大学進学を希望し

ない生徒も大抵はアビトゥーアを受験する.一旦就職してから、将来大学進学することも出

来るから.」と答える。アビトゥーアは日本の悪評高い「大学入試の共通一次試験」とは全

く別物である。

 

ここで旧学制の専検/専卒検を連想する。ちょうど日本経済新聞朝刊の「私の履歴書」が

昨日、今日「専検」に触れているからである。今月(2008年3月)は東洋サッシ(株)

の創業者である潮田健次郎氏の履歴書を連載中である。3月5日掲載の一部分を引用する。

{・・・そのころ、「生長の家」の創始者である谷口雅春氏が、「体が弱い人は小学校卒で

はダメだ。「専検」だけはとっておけ」といった趣旨のことを著作に書いていた。「専検」

というのは「専門学校入学者検定」の略で、この資格を取れば就職への道が開けるという。

    ・・}

日本の旧学制はドイツの学制を模倣した部分が多いそうであるが、もしかすると専検/専

卒検はアビトゥーアを模倣したコピーかも知れない。

 

 我々アイソマーズが京大の学部を卒業して社会に出た頃、就職先の職場には、能力はある

けれど経済的理由から大学等の上級学校に進学しなかったブルーカラーが多数働いていた。

彼らが種々様々の現場で日本の復興と高度成長経済を支えたことが定説となっている。彼ら

の中に「専検」、「専卒検」の合格者が混在していた。ここで注意すべきは「専検」や「専

卒検」は能力優秀を証明するステータスシンボルとなっていたことである。「専検」も「専

卒検」も難関試験であったらしい。彼らの多くは旧制中学校等を正規に卒業していて、専門

学校入学試験を受験する資格を既に有しているのに、「専検」を取るのである。更には専門

学校を卒業した学力レベルを証明する「専卒検」に合格した人たちも少数ながら居た。彼ら

は大学卒達を凌ぐ実力を有するスーパーマンであった。新潟県の片田舎の工場勤務から社会

人生活をスタートした私は、斯かる「専検」や「専卒検」の合格者たちに大いに助けられて

いた。

 

(以下次回)