2008.5.6

西村 三千男 記

 

連載「ドイツ化学史の旅・パート2のこぼれ話」

 

第15回 私の大失敗(本編)

 

前回予告した2007年9月の旅の二つの大失敗を告白しよう。結果は二つとも際どく

セーフとなったのであるが、その時はどうなることかと心配が胸に余った。

 

第1の大失敗

我ながら驚くのであるが、旅立ちにパスポートと航空券を持たずに家を出たのである。

旅装を整え、戸締まりなどを最終点検し、全てOKとなって、上着の内ポケットからパス

ポート入れを取り出し、家内に成田エクスプレスの乗車券+指定券を渡し、自分の分は胸

ポケットに納めた。その後、無意識にパスポート入れをテーブルの上に置き去りにしたの

であった。

そのことに気付いたのは、品川駅で成田エクスプレスに乗った直後から東京駅に着く数

分の間であった。本当に青くなって、家内に手短に「自宅へパスポートと航空券を取りに

引き返す。予定のフライトに間に合うかどうかギリギリである。乗り遅れたら、1人でロ

ンドンを経由してデュッセルドルフの毎度のホテルへ行ってくれ。代わりのフライトを探

して、追いかけるから。」と云って東京駅から自宅へ急行した。

悔恨で自らを責めながら自宅へ帰り着き、想像した通りの場所にパスポート入れを発見

し、再び東京駅へ舞い戻った。我が家から東京駅への時間距離は約40分である。それを

往復するので約80分の時間ロスとなった。当初見込んでいた余裕時間からこれを差引く

とまさにギリギリであった。東京駅から成田空港へは、タクシーか次発の成田エクスプレ

スにするか迷ったが、渋滞リスクを覚悟の上でタクシーを採った。結果オーライで、余裕

をもってチェックイン出来た。家内とは全日空のラウンジで合流した。実損はタクシー代

¥22,320.で済んだ。このレシートは今も財布にお守りのように保存している。

 

第2の大失敗

それはグループ旅の第5日目、9月22日(土)のことであった。ダルムシュタットと

ゲッティンゲンで、予期した以上に充実した化学史の旅が実現した。その余韻を各々の胸

に後半の行楽の旅に入っていた。ここからリーダーが藤牧さんから木下さんに交代した。

次の宿泊地ドレスデンへの途中に二つの世界遺産を経由した。一つ目は宗教改革のルター

教授ゆかりのヴァルブルク城であった。ここが恥ずかしい第2の大失敗の舞台となった。

 好天気の土曜日のことで、当地も観光客で適度に混雑していた。ルターが新約聖書をド

イツ語に翻訳するために籠もった部屋とか、翻訳した原本などが展示されていた。旅の初

日にマインツでグーテンベルク博物館を見学する「望外の幸運」があったが、印刷術が発

明された後にルターが生まれたという「歴史の幸運」も考えた。

見学を終わって、ランチタイム。どのレストランも混雑していて、やっとセルフサービ

スの場所にありついた。トレーにビールと軽食を並べて、レジで支払おうとしたら財布が

無い。財布の定位置は、以前は上着の内ポケットにしていたが、上着を脱ぐ際の安全を考

えて数年前からズボンの左横ポケットに変更していた。そのどちらを探しても無かった。

取り敢えず、藤牧さんに立替払いをお願いしたが、またまた本当に青くなった。財布には

現金だけでなく、クレジットカード3枚と国際キャッシュカードも入っていた。

 気が動転して、ランチは上の空であった。ビールも軽食もどんな味か、何処に入ったか

分からない塩梅。旅の仲間みんなで心配して下さった。なくした財布が専用バスの座席に

落ちていますようにと祈るような気持ちで(武山夫人は実際に祈って下さった)、バスに

戻った。ざっとシートを見回したが、見あたらなかった。先ずクレジットカードの紛失届

けをしなければならない。頼りの藤牧さんの作戦はフランクフルトのマスターカード本部

へ電話して、そこから他の全部のカードにも連絡して貰うということであった。バスドラ

イバーの携帯電話を借りてフランクフルトへ電話しても、土曜休日でつながらない。そこ

へ伊藤さんが戻ってきて、私の座席シートとフレームの間に捻じ込まれていた私の財布を

発見してくれた。一挙に一件落着となった。多分、財布をズボンの横ポケットにしっかり

と入れるつもりで、その隙間に捻じ込んでいたのだろう。私は財布の定位置を、以前の上

着内ポケットに戻した。

(以下次回)