2008.2.11

西村 三千男 記

再編「ポコポコ・イタリアーノ」

 

第13話 我が追憶のボルサリーノ

 

 先日、東大武田先端知ビルで開催されたシンポジウム会場で出会ったアイソマーズ仲間

の某氏が帽子(ボルサリーノ、イタリアのブランド)を実に格好良くかぶっていた。それ

を見て約40年前のことを種々思い出した。約17年前に、その約40年前の追憶をエッ

セーに書いて、当時の勤務先、電気化学の総合研究所の所内LAN掲示板に書いたものが

電子データで手許に残っているのを読み返した。

 

 書き直してご覧に入れようかとも思ったけれど、エイっとそのまま再録することにした。

少々不適切表現も含まれているけれど、編集を加えず、ヘディングをはずして、日付だけ

残すとしよう。

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                          1990.8.3記   

              ボルサリーノと私 〈止してもーーいい話 第三話 〉

 

  ボルサリーノをご存知かな。最近はあまり耳にしないけれど、紳士帽子のイタリアブラ

ンドでワールドワイドに有名でした。

 

  四半世紀前のヨーロッパでは紳士が帽子を着る(大阪/きる、一般/かぶる)のはごく自

然なことでした。私は当然のようにブランド物のボルサリーノを求めました。価格は忘れ

ましたが、帽子一ケ、靴一足、アレのチョンのマが古来同じレベルとされていますから現

在価値で3万円位かな。そして夏場を除いて毎日 愛用することになりました。

 

  その后、昭和43年秋ボルサリーノを着て颯爽と(?)転勤帰国したのであります。青

海赴任后、中研とBM-3 なんてテーマで共同研究することになり時々町田研究所へ来るチ

ャンスに恵まれたのですが、毎度同じボルサリーノで来たものでした。当時、研究所に高

沢さんというゴムの専門家が居られ、この方だけが帽子(多分ボルサリーノでない)を常

用されていました。悪い偶然にも、この方はハゲ頭でした。内心得意の我がボルサリーノ

を高沢さんと並べて種々陰口されている気配を感じましたが、怯まず続けのは「私のはボ

ルサリーノです」と云うブランド意識からでしたか。

 

  一方、青海では毎日ボルサリーノで自転車通勤でした。いま反省すると相当にマンガチ

ックであったろうと思われますが、当時はまるで意に介さず「私のはボルサリーノです!

!!!!」。こんなにも愛着したボルサリーノを止めた理由は滑稽な我が姿にはっと気付

いたからではありません。クリーニングです。青海では帽子のクリーニングが出来なかっ

たのです。一度はシーズンの終りに東京へ持参してクリーニングしてみましたが、これは

大変面倒なことでとても続けられなくて遂に断念しました。

 

  近年、ゴルバチョフの帽子ファッションをTV で見ると往時を思いだしてついムラムラ

とするのですが、そう言えば彼もハゲ頭ですねぇ。

                                                (第三話 おわり)

 

(以下次回)