娘一家の訪問   中村省一郎  (7-26-2008)

 

一週間コロンバスの我が家に滞在していた娘一家は昨日シアトルの彼らの夏の住家へ帰っていった。あと3週間そこで暮らし、その後東京に戻る渡り鳥たちである。

 

短い一週間ではあったが二人の孫と暮らせたのは何より楽しかった。ケンタは5歳半、アヤは2歳と10ヶ月。この前に会ったときは、アヤはケンタの真似一辺倒のように見えたのに、今回はアヤが自分なりの遊びを考え出し、ケンタがそれを真似る光景も何度もみられた。

 

ケンタは記憶が抜群でうらやましい(私もこんなに記憶がよければさぞ苦労が少なかったであろう)。「じゅげむじゅげむ」など完全に暗記していて、最初はゆっくり、二回目はもっと早く、三度目は超早口で言って見せるなど、専門家並み。何事も正確で、規則を守り、そつがない。しかし、その几帳面さの裏返しか、矛盾に対処するための気転が効かずすぐ泣く。まじめな人の弱みとでも言えようか。

 

アヤは、つい二月前に東京で会ったときは、まだ話がほとんど出来ず、同じような質問を片言で、何度も何度も繰り返し、この子は大丈夫かなのどとの心配すらさせられた。しかし今回は、人との会話にもよく気の効いた返事をし、しかも相手の機微をよく見て取り、会話に飽きない。

 

食事の後ソファで休んでいると傍にやってきて、「あ、おじいちゃんのシャツのここどうしたの」と聞いてくる。「さっきご飯のとき、おつゆをこぼしちゃった」というと、「じゃあ、アヤが後で洗ってあげるからね」と世話女房のようなことを言ってくれる。いい加減なこととは分かっていても、そういわれると爺は嬉しいことかぎりない。

 

あるとき、一人で歌を歌っていた。歌詞の最初の部分はよく聞こえなかったのだが、ブラームスの子守唄のちゃんとしたメロデイであった。ところが最後のほうが、「せまいーお部屋でー、おやすみなさい」で終わっていた。東京で寝かされている部屋はそれほど哀れな部屋ではないのに不思議に思って親に聞いてみると、言葉を自分で入れ替えて、いつも歌詞が変わるという。

 

何もしゃべれなかった一年前の一歳10ヶ月の時ここへ来たときのことや、シアトルで会ったときのことを覚えていて、そのことを話したことには驚かされた。

 

かなり強引なところもあり、規則は無視する態度に出るし、反抗する。しかし、そのやり方は泣いたり怒ったりはせず、にんまり笑ったり、少し自分のやり方を変えて、それで許されるかどうかを試す。この種の柔軟な手管にケンタは絶対に勝てないし、親もアヤの扱いに困ってしまっている。二日前には、父親に「お前は、うそを言うし、いいかげんなことばっかり言う」と怒られ、暗い部屋に閉じ込められてしまった。しかし、絶対に泣かないで、ドアのすぐ近くまで来て、あけて貰えるまで我慢つよく待ち続けた。

 

英語のほうは、同じ年のときのケンタに比べるとずっと遅いが、あるとき「ケンタ、こちへおいでよ」と二回繰り返したのにケンタがそれを無視したことがあった。そうしたら「Hey,Boy! Come here.」と大声でどなったのには、一同唖然としてあいた口がふさがらなかった。

 

とはいえ、時折やってきて、にっこり笑って人の顔を覗き込んでから、今度は耳に口を近ずけて何かをささやいてくれる孫娘がかわいくて仕方がないのである。