2008.7.1

西村 三千男 記

 

再生医療のこぼれ話(武山さんの尻馬に乗って)〜その3

 

人工透析

 

ずっと以前のアイソマーズ総会の席で武山さんから人工透析の話を聞いたことがある。

何時の頃からか、アイソマーズ総会の近況報告で武山さんは人工臓器を話題にされるよう

になったが、ここに述べるのはそれよりも少し前の話である。近況報告のスピーチとして

ではなく、立食パーティの立ち話であった。場所は多分、楽友会館だった。時期は判然と

しないが、1980年代の中頃であったように思う。アイソマーズ総会の会場は、楽友会

館から、その後ホテルフジタ京都の離れ座敷、京大会館へと変遷した。

 

 その頃の話題の新刊書、内橋克人著「匠の時代」に武山さんが実名で登場していること

を誰かが知っていて、そのことを話していた。「読んでいる人は読んでいるんだね.」と

武山さん。私はその本を読んでいなかったし、人工透析の知識も無かったので、話の輪に

は加われずに傍で聞いていた。話の中身としては、武山さんが取り組んでいる人工腎臓の

開発の話、そのリーダが伊藤昌寿さんであること、当時の主流であったセロファン透析で

はセロファン中の或る不純物が血液を経由して患者の眼に蓄積し、重篤な眼科の副作用障

害が多発していると解説されたのを記憶している。

 

 脱線するが、伊藤昌寿さんとは後年高分子同友会の役員仲間としてご交誼を頂く機会を

得たが、本稿の頃は一面識も無かった。光反応カプロラクタム合成のPNC法でご高名を

知り、遠くから私淑、尊敬していた。新潟県の片田舎の工場でR&Dをやりながら、ホン

ダのCVCCと東レのPNCを「R&Dの鑑」と仰ぎ見ていた日々があった。

 

(以下次回)