2008.7.17

西村 三千男 記

 

再生医療のこぼれ話(武山さんの尻馬に乗って)〜その5

 

山中伸弥教授とNAIST

 

日経産業新聞フォーラムでまたiPS細胞について山中伸弥教授の講演が聴けるという

ので、申し込んだら当選した。2008年6月5日のこと、場所は日経ホールであった。

それは日経産業新聞とNAIST(奈良先端科学技術大学院大学)との共催フォーラムで

あった。衆知の通りNAISTは京阪奈研究学園都市の中核をなす国立大学法人である。

主催者には、大学受験生へのPR、企業や一般社会に対するPAのために、時の人である

山中教授の名声を借りる意図も少しはあったかも知れない。

 

山中先生の講演を聴講するのは今年になって3回目である。講演の山中節は、もともと

先生のお人柄というか、人間味の溢れる名調子であるのだが、回を追ってその話術に磨き

がかかる様に思われる。今回はNAISTとNAISTから京大へ帯同された研究クルー

のことを詳しく紹介してそれを賞賛されていた。

 

あのiPS細胞研究の大部分は、実は京大ではなく、NAIST・京阪奈の研究環境の

中でNAISTの研究クルーの協力によって遂行されたのだという。論文発表は京都大学

再生医科学研究所に転任した後であったが、この執筆作業も高橋準教授らNAISTから

京大へ帯同された研究クルーの協力下でなされた。ご自身が語っておられるが、山中先生

は臨床医から研究生活に転向され、米国に留学された。帰国後、適当な研究ポストと研究

環境に恵まれなくて、研究生活を断念するかどうかの瀬戸際にあった時に、NAISTか

ら助教授ポストで勧誘された。但し、一つの役務条件付きであった。その一つの条件とは

NAISTが新設する予定の「ノックアウトマウス」施設の計画から運用までの責任者を

引き受けることであった。米国留学中にその周辺を実体験していたので何とかなるだろう

と受諾した。結果は幸運にも先生がNAISTで巡り会った女性の研究技術員がその仕事

を担当して、山中先生をよくサポートしてくれた。iPS細胞研究の本筋でも彼女の貢献

は大きかった。PowerPointスライドに大写しで紹介された彼女は、先生と共に

京大へ転任し、現在も研究クルーの一員である。

 

 世間話でよく「京大がノーベル賞を多く輩出するのは何故か?それは京大の研究環境に

自由闊達の気風があるからだ.」との解説を聞くことがある。この度の山中先生の快挙に

ついても「また京大だ.」と肯かれる。しかし、どっこい、山中先生は神戸大学のご出身

であり、ノーベル賞候補とも云われている、あのiPS万能細胞研究の根幹はNAIST

(奈良先端科学技術大学院大学)で遂行されていたのである。

(つづく)