フィルブランカの宿

 

バルセロナは、この旅のヨーロッパでの出発地でもあり、また終着点でもあった。カンニャからバルセロナの宿までの700km以上の道のりは、料金所と一度昼食で休憩所に入った以外は走り続けた。その休憩所で驚いたのは、フランス人のベーカリーがあって、そこでケーキや菓子パンを焼いて売っていた。高速道路を西向きに走る旅行者だけが客なのである。長い行列ではあったが、そこに並んでキッシュ(ほうれん草と卵を中に入れた平たいパイ)を買うことにした。自分の番になって注文をしようとした瞬間、列では後ろに居たはずのフランス人の女が、店の人に向かって自分の方がこの人より前に居たとまくしたて、先に注文をしてしまった。まだ若いのに、こんなあつかましくて、他人に恥をかかせるフランス人のおばさんも居るのだ。

 

バルセロナの宿は2泊の予約で、市のすぐ南と思っていたが、実際に来て見ると、バルセロナから南に一時間もかかるフィルブランカという小都市のすぐ近くの、中世に出来た小高い丘の上の古い村の中で、フランスのと異なるところはどの建物も外側は飾り気がなく、スペインはやはり異国であった。

 

ベルをならすと出てきた宿の女主人はベルーギー人で、7年ほど前にそこを買い取り、夫が建築家なので、内部を思い切り改造したと話した。大きな3階立ての館で、庭も美しく周りも静かだった。ここの宿の広間の壁掛けや装飾が気に入った。またダイニングルームにはギターが二台と、音楽のCDが並んでいて、それを見ていると音楽好きの人らしいことがわかった。

 

すでに夕刻なので、食事にどこへ行けばよいか聞いたら、このあたりでは昼食が主で、夕食はほんの軽いものしか食べないので、レストランはこの時間には開いているところが殆どない、しかし一軒だけある、といって、その場所を教えてくれた。しかし行ってみるとそのレストランも、閉まった後で、酒場だけしか開いてなかった。だから、その晩は食事抜きになってしまったが、空腹もまた快感がないでもないことを発見する羽目となった。

 

スペイン旅行は以前にも2度したことがあったが、夕方レストランが閉まって食事抜きになることはなかった。しかし、前の旅行ではすべて大きな都市のホテルで、外国人が多いから、ホテルのレストランが夕方は閉まるなどということがなかったのであろう。シエスタという言葉を知ってはいたが、そのおかげでバルセロナで夕食抜きになるとは思わなかった。

 

朝になると、8時にはテラスに朝食の用意がしてあった。朝の卵は両面フライでいいかと聞かれて同意してしまったが、しまったという気もした。英語で言う卵のフライというのは、フライパンにすこしの油をひき、混ぜた卵を平たく焼くのだが、両面をフライにされては硬くなりすぎるかもしれない。一番美味しいのは、熱したフライパンにジューという音を立てなっがら混ぜた卵をいれ、数秒後に一度裏返して、卵が固まらないうちに皿にいれ、後は余熱でかたまらせるのである。しかしそんなこまかい注文をするわけにはゆかなっかた。案の定、出来てきた卵は両面焦げ目がつき、ゴム板を噛むような感触であった。この人はギターは弾けても、料理に対する味覚はあまりよくないのではないかと疑った。

 

テラスから眺めた朝の田園風景は、何物にもたとえようがないくらい、のどかで静かでもあった。