サンドナト村2日目の失敗

 

サンブーカ村の宿での一夜があけた。この日は、予約してしてあったのに泊まれなかったサンドナトの宿マラスピーナB&Bに、朝の10時にフィレンツェから迎えが来ることになっていた。もちろん、急に宿が変わってしまったけれども、サンドナトの宿に約束の時間に行って待っているのが常識であり、それ以外の方法はなかった。

 

迎えというのは、フィレンツェの料理学校の一日コースに参加するためで、先方から迎えに来るというのが、400ドル前払いの契約でもあった。そこで早めに行き、サンドナトの宿の前で、9時半から10時45分まで待ったが、迎えは来なかった。契約はアメリカのエージェントを通してしていたので電話をしたが、時差のためアメリカの時間は朝の4時半でだれも出てこない。

 

一方、この2日目はマラスピーナB&Bで部屋をとっておくという昨日の堅い約束であったのに、宿の女主人は11時になってもまだ起きてこない。他の従業員に聞くと、そんな部屋は取ってないという。

 

困り果てていると、その従業員がいわく、自分もこの2~3軒先にB&Bを持っていて、そこではどうかと持ちかけてきた。他の選択肢もなく、やむなく部屋を見せて貰ってから、そこへ留まることにした。

 

そのときまでは、フィレンツェからの迎えの車に乗りこむつもりだったので、自分たちの車は、少し離れた駐車場においてあったが、荷物を宿へ運び込むとなれば、車を広場まで移さないと不便である。前日この広場に着たとき、一方通行に気がつかず、反対向きに走ってしまったのであった。今度は違反のないように正式の入り方をしようとしたら、石門があってその前の道を左回りで曲がってからその石門に入らなければならない。非常にきついターンの状態で、しかも登り坂の石門に突入しなければならなかった。手動切り替えの変速で登坂で一度止まると発車するのは容易でない。きついターンが回りきれず何度かやり直している間に、車が少し早く出すぎて、車の横前を石門にこすり付けてしまった。本当はすぐに左曲がりで石門にはいらないで、少し行き過ぎてから、戻ってきて、右曲がりで石門を入れば、急な曲がりで入らなくても済んだのであったが、フィレンツェからの迎え人にすっぽかされたこともあって、頭が回らなかったのである。

 

タスカーニ風の料理を教える料理学校ということではるばる来たのに、いいかげんなB&Bの予約と料理学校のおかげで、借りた車には傷がつくし、一日がすっかり台無しになってしまった。仕方がないので、フィレンツェをドライブすることにした。

 

しかし急に空腹であることに気がついた。宿で朝食は作ってくれなかったので、朝食ぬきのままでごたごたが続き、もう正午になっていた。そこで、この広場の南側にあるピッツァレストランにはいった。元気がよく快活そうなシェフがひとりでやっていた。まだ他の客は居らず、英語はほとんどしゃべらなかったけれども、何とかカルゾーンの注文をすませた。

 

前から思っていたことだが、ピッツァの作り方で、どうもよく分からないことがあった。それはピッツァのパンを膨らませるのに、イーストを使うのか、膨らし粉を使うかということで、アメリカでも直接ピッツァ屋で聞いたことはなかった。他の客が居ないのを幸い、調理場を覗き込んでそのことを聞いてみた。

 

質問の意味を理解して、早速膨らましかけの、ピッツァ用に平たくする前の、練ったドーを並べた引き出しを開けて見せてくれたのである。そして、自分の焼いた大きなパンを見せながら、これと同じ方法だ、と教えてくれた。

 

薪を燃やすオーブンで焼きあがったカルゾーンが運ばれてきた。これは塩辛すぎず褒めてよい出来であった。

 

店はきれいなのであるが、電灯の配線がむき出しで、電圧が220Vと日本の倍だから、触ればひどい感電かショック死を免れないだろうと気にかかった。