カンニャ

 

アメリカに帰る飛行機はバルセロナであるから、グラッパのあとは、西へ向けて走らねばならなかった。グラッパからは昭子も大分運転してくれたので、思ったよりは楽にはかどった。

 

その日の宿は丁度映画際をやっていたカンヌだと思いこんでいたのである。高速道路から出たところは間違っていなかった。近くのガソリンスタンドで道を聞いたところ、親切にもその宿に電話をしてくれたのだが、宿のほうで、このあたりは道が非常に複雑なので説明はできないと言ったそうで、彼は彼なりに道を説明してくれた。

 

しかしその方向は大間違いで、正反対の方向だった。直ぐそれに気がついたものの、後はまったく感にたより、道がどのようであれ、非常に大まかな地図による方向と距離を頼りに進んで行くよりも仕方がなかった。この感は意外と正確で、もう少しのところまで来ていた。

 

そのとき車を降りて老婦人に道を尋ねたところ、ここはカンニャというところじゃ、といわれてしまった。さて、これは発音が悪かったのかと思ったが、カンニャじゃ、とまたもや繰り返している。とにかく、お前の行こうとしているところは、このむこうにもう少し行ったとこじゃ、という。

 

着いてみると、小さな山全体が中世に立てられた石つくりの村で、宿は数軒先にあることまではわかったのだが、山の上のほうから下りてくる細い一方通行で、その入口を見つけてそこから降りてこないと行けない。あたりに車をとめる場所もなく、結局一方通行の入り口を捜すしかなかった。

 

このような時その入り口を地図なしに見つける方法は、すぐ隣の道を左曲がりで入るとすると、そのあと右に曲がれるところは必ず右に曲がって行き続ければ、かならず一方通行の入り口に着くという理屈である。しかしこの理論によると、行き止まりの袋小路に何回か突入し、狭いところで引き返してこないといけないが、それも右曲がりの一種である。二箇所くらいあったが仕方がなかった。

 

こもかく、山のてっぺんまで来て、一方通行の道に入った。他の車がその道を通ったことは確かだったのだが、非常に細い道で、しばらく行くと約20メートルごとに家の入り口の石段が一段道のほうに突き出していて、右の車輪がその上を通らないと、車は前に進まない。そのたびに車の右側が20センチほど浮き上がり、次に沈むとき車体の底がすれるのか、ガタンギー、という音がする。これはいかんと思ったが、バックで引き返すことは絶対に出来ない。後ろの窓の高い車で、首を回しても道路は何も見えないから後退はバックミラーに頼るしかない。2~3メートルならともかく、かなりの道のりを後戻りすることは不可能であった。もう何が起ころうと前に進むしかない。そのうち、サイドミラーが両方壁にぶっつかって、ガシャという音を立てて同時に折りたたまってしまった。この時借りた車にまたかなりの傷がついた。しかし、最後に狭い角を曲がったっら、やっと目的の一方通行の道に出られて、宿のまえに着いた。

 

宿の女主人が出てきて、とても来られないのではないかと思っていたと言った。どうやってここを見つけたのかと聞くから、男の感というやつで、と話したら、げらげら笑っていた。

 

余談になるが、方角感、距離感とか地理感は、犬や猫でも雄のほうが雌よりもはるかに優れているという。用がなくても遠くまで出かけて知らない道をとことこ歩いてくるのは雄で、雌は住んでいるところからあまり遠くへは行こうとしないらしい。犬や猫と同列には置きたくないのだが、たとえば始めて来た地下街でぐるぐる歩いた後でも、たいていの場合、現在東西南北のどの方向に向かっているかわかっている。その一方、我が家に来る人で、道に迷って一時間も近所を回ったなどという人は、決まって女性である。

 

ともかく、車を止めておける場所を地図に書いて教えてくれた。しかし簡単なはずのその地図のパーク場がどうしても見つからなかった。仕方がないので、かなり遠くまで行って何とか一台止まれる場所を見つけ、歩いてもどったのだが、がら空きのパーク場は、地図に書いてくれたのとは道の反対側にあることが、歩いてみてわかった。運転中は、知らない道のうえ対向車も多いことで、左といわれれば左を見ながら運転して行くのが精一杯である。長い間住んでいる人なのに、地図のパーク場は、右と左が間違って描いてあった。やっぱり女性の地図かなと思った。

 

宿は何世紀もを経た建造物であったが、ここも調度品は近代的で、中庭も美しく、眺めは最高。ただし、お値段はアメリカからバルセロナ往復航空券の一人分に近い。一息ついてから、女主人の勧めで、この山のてっぺんにあるレストランに徒歩で向かった。頂上には城があり、Forte de Nice と表札に書いてあった。ニースの要塞とでも訳せばよいのだろうか。この村全体が非常に美しいところで、夕日が隣の山に沈むのを見ながら一刻千金という表現を思い出していた。

 

レストランはいくつもあったが一番見晴らしの良い、野外に赤いテントを張った店にきめ、地中海の舌平目のバター焼きを注文した。これは絶品で、もう一二度来ても良いと思うくらい旨かった。

 

翌日、この村を出る頃になって気がつたのであるが、村の周辺を走っている車の半分くらいは、みな横がへこんでいたり、ひどい傷跡があった。みなこの村の細い道で洗礼を受けたのであろう。