2009. 1.19

西村 三千男 記

 

連載「ドイツ化学史の旅・パート2のこぼれ話」

 

第20回 ブンゼン像に再会

 

2008年の歳末旅行は12/24成田発〜フランクフルト、12/31ロンドン発〜

1/1成田着というクレージーなプランであった。

 

次回述べるような事情で、2005年の「化学史の旅・パート1」で訪れて以来のハイ

デルベルクに立ち寄り、図らずもブンゼン像に再会した。2段構成の下の方の台座に真鍮

製銘板(添付写真)を見つけた。

 

            写真(クリックしてください)

 

銘板の取り付け位置は下段台座のハウプト通り側の縁中央で、日々人の足で踏みつけら

れる場所である。ブンゼン像に近づけば直ぐに目に入りそうなものだが、前回は見かけな

かったものである。確認はしていないけれど、多分、これは2005年以降に設置された

ものであろう。

 

旅の名幹事長・伊藤一男さんが2005年号に報告されたように、前回の化学史の旅で

は、この像が本当にブンゼン像であるかどうか・・・について侃々諤々の議論があった。

ハウプト通りの由緒あるツムリッターホテルで夕食を済ませた後、男性メンバーだけで自

分たちのホテルへ歩いて帰る途上のこと。木下さんは「旅行に出る前にハイデルベルク市

のホームページで確認済みである.各々方はいまさら何を騒いでいるか?」と悠然として

いた。武山さんは「10数年前、像がこの場所へ移設される前の場所で偶然出会ったこと

がある.台座はもっと高さがあって、その台座の前面にBUNSENと大書されていたよ

うに記憶している.」とおっしゃる。皆でどこかに銘は無いかと探したけれど見つからな

かった。川崎さんか、誰かが若い学生風の男女2人連れに声をかけて「これはブンゼンで

すか?」と尋ねた。その男性が我々と一緒になって銘を探してくれた。女性は(呆れて?

付き合いきれなくて?)1人で帰ってしまった。遂に、その男性はハウプト通りを挟んだ

向かい側の建物(大学理学部?)の壁にキルヒホッフとブンゼンの名前が刻まれた大理石

の銘板を発見してくれた。その銘板には、キルヒホッフがブンゼンと共に、この建物の中

で「分光分析法」を開発したことを表記しているが、通りの向こうのブンゼン像の説明で

はなかった。

 

 その翌日、また男性メンバーだけでブンゼン像の場所を再度訪ねて、いろいろなアング

ルで写真を撮影した。カメラを持たない私は、川崎さんに前夜の大理石銘板をアップで撮

影するよう頼んだ。実は、その時、そのクローズアップ写真を後日、スライドに使うこと

を思い付いたのであった。帰国後、2ヶ所で「アイソマーズ・ドイツ化学史の旅」のプレ

ゼンを行った。予定通り川崎さん提供の銘板クローズアップ写真をスライドに使用した。

スライドのタイトルは「この銘板では、我らがブンゼン先生は助手扱い?」とした。

 

    (以下次回)