2009.9.2

西村 三千男 記

 

連載「ドイツ化学史の旅・パート2のこぼれ話」

 

第25回 ドレスデン観光の余聞録

 

「ドイツ化学史の旅・パート2」の余興イベントとして、古都ドレスデンを紀行した

のは今から2年前の2007年9月下旬のこと。武山文子さんの美しい紀行文が、既に

当ホームページ2008年号に掲載されている。

<http://isomers.ismr.us/isomers2008/travel_to_germany_2.htm>

 

世界遺産の登録リストから抹消

先頃2009年6月、ユネスコ世界遺産委員会により「ドレスデン・エルベ渓谷」の

世界遺産登録が抹消された。市内を貫流するエルベ川に車道橋の架橋工事を進めている

ことが景観を損なうとして、ユネスコは警告を発した。既設の橋は19世紀に建設され

たもので、幅員不足から交通渋滞が常態化しているので、4車線の新橋を架けるプラン

である。環境派の市民NPOやユネスコは代案としてトンネル建設を提案したが市側は

拒否した。ドレスデン住民の意見も賛否が割れているが、住民投票の結果として架橋推

進が決定されたという。この問題は、2005年に世界遺産に登録された直後から始ま

り、私たちが訪ねた2007年秋には議論はかなりヒートアップしていたらしい。

 ここから400キロ下流のエルベ川の河口に近いハンブルク市でも、大型コンテナ船

を接岸させるため川底浚渫が進められて、生態系への悪影響が議論されている。環境先

進国のドイツでも環境保護と経済成長との調整に悩みは多いようである。

 

ドレスデンは復興工事の真っ最中

2005年に、聖母教会の復元工事が完成したことが復興のシンボルとして感動的に

世界中へ喧伝された。そのニュースからドレスデン市の戦災復旧は随分と進捗している

ものと想像していた。現地を訪ねると、復旧工事の真っ最中であった。むしろ、まだ緒

に就いたばかりという様相であった。市内には工事用のクレーンが多数林立している区

域もあって、歩行者の足場も悪かった。多分、ドイツは東西統一後の首都を置くベルリ

ンの復旧を最優先にリソースを投入し、ドレスデン市やその他は後回しになったのであ

ろう。私たちがドレスデンの次に訪問したベルリンの復旧工事は概ね完了していた。

 

ドイツ映画「ドレスデン、運命の日」

この映画は、日本では2007年4月に公開された。あまり映画鑑賞を好まない私も、

その秋にドレスデンを訪ねる予定があったので、古巣の日比谷へ出かけて鑑賞した。ア

イソマーズの諸兄姉にもご覧になった向きがあろう。ドイツ化学史の旅の仲間の多くが

私と同様の想いでこの映画を鑑賞したと旅の道中で聞いた。

この映画は先ず、TV映画としてドイツ国内で放映された。それまでタブー視されて

いたドイツの戦争被害の実態を克明に描けていると好評を得て劇場映画にリメイクし、

世界中へ配給したと云う経緯らしい。第2次世界大戦の最終盤、1945年2月13日、

ドレスデンが英国空軍の空襲爆撃を受けて、エルベ川の宝石と讃えられた古都は一挙に

市街の65〜80%を壊滅された。京都や奈良が第2次世界大戦で戦災を免れたのと同

様の理由から、ドレスデンもその日まで空襲を免れていたのであった。映画は、野蛮で

非人道的な空襲を決定する瞬間の英国空軍参謀本部の情景を描いている。この映画を観

て、英国人は大いに気分が悪かろうと思う。

映画では、上流家庭出身の美形の看護婦と敵国兵士とのラブストーリーに、迫力溢れ

るCGと戦災の記録フィルムとを組み合わせて臨場感を盛り上げている。制作の意図を

ローランド・ツゾ・リヒター監督は次のように語っている。「これは反戦映画である。

単に反戦を訴えるだけでなく、戦争を知らない世代に、戦争が如何に無意味なものであ

るか・・・を伝えたい」と。

 

聖母教会の復元(史上最大のジクソーパズル)

 聖母教会の復元工事に当たり、爆撃で焼けた瓦礫の片々(市民が番号を付けて、半世

紀以上の長期間、保管しておいた)を、出来るだけ元々の場所近くに使ったことが話題

になった。建築の外装の所々に嵌め込まれた黒こげの瓦礫は、戦争の記憶を永遠に残す

因(よすが)である。

 市中には他にも、破損はしていないが、外壁に黒こげの焼け跡の痛々しい建物が今で

も多く見られる。これらは、空襲のモニュメントとして原型を保存しているのか、聖母

教会と類似の修復か、その意味合いを旅の仲間で訝った。藤牧さんがドレスデン市民風

のドイツ人に尋ねたところ、「手が廻らずに、戦災したまま放置されているだけ」との

説明であった。

 

ゼンパーオペラ〜幕間のトイレ

ゼンパーオーパーのチケットはプラチナペーパーと云われるほど入手困難。藤牧さん

が、それをプレミアム無しの定価で入手してくれた。その手腕に感謝しながら、旅の仲

間全員が、一階中央の横一列を占めて観劇した。オペラの演目はR.ワグナーのローエ

ングリン。

 非文化人の私は観劇を頗る苦手としている。居眠り+イビキを大いに心配していた。

先年ニューヨークでキャッツを観たときに、あの騒々しさの中で95%の時間を寝てい

た実績がある。今回は緊張して、夕食をアルコール抜きにして、全3幕+幕間2回の合

計4時間余りを寝ずに頑張った。予想通りドイツ語の台詞は聞き取れず、唄と舞台を鑑

賞するのみであった。旅の仲間は全員が堪能した様子。

 ところで、満員の客席を見て、幕間のレストランやトイレが大混雑するかと予想した

が、どちらも極めてスムーズであった。終了後のタクシーにも直ぐに乗れた。地元の常

連客は、遠来の観光客に便宜を譲るスマートなノーハウを持っているのだろうか。

 

                            (おわり)