ジャンバラヤとザリガニ

 

北アメリカにはフランスの食文化を受け継いでいる地方が二箇所ある。ひとつはルイジアナで、もうひとつはカナダのモントリオールのあるクベック州である。この二箇所は距離はかなり離れていても、もとのフランス人同士で行き来があり、お互いに連携して、フランスの食文化を受け継いできた。ケイジャン(cajun)料理というのはそのようなスタイルをいう。ルイジアナ州のニューオリンズのフレンチコーナーのレストランに行けば食べられる。

 

なぜルイジアナにフランス人が多いかを知るために歴史を読むとゆかいな話が浮かび上がる。ナポレオンの時代までは、アメリカ大陸のミシシッピ川の西の広大な土地はフランスの領土であった。しかしフランス政府は、そんなところには何の価値もないと思い、むしろヘイチのようなカリブ海の小さな島のほうを大切にした。それには理由があって、当時ヘイチでは砂糖が生産されていてそれを本国へ運ぶことで大きな利益をえていた。ところが、フランス革命を知った現地人たちは、自分たちも植民地支配人であるフランス人に対して革命の反旗をひるがえした。そのときのフランス政権はナポレオンで、黒い顔の現地人の軍隊の指揮官はナポレオンと同じ服装で、同じような帽子をかぶって、ナポレオンの軍隊と戦った。

 

ナポレオンは多くの兵士をヘイチに送ったけれども、困ったことに伝染病がフランス兵に蔓延した。だが現地人の兵士は免疫が出来ていてかからなかった。欧州各地に手を広げていたナポレオンの財政は緊迫していた。そんな状況下で、当時のアメリカ大統領であったトーマスジェファーソンは、下心のある援助の申し出をナポレオンに差しだした。つまり、ルイジアナを含むミシシッピ川の西の土地をアメリカが買ってやろうということであった。役にたたないばかりか、かえって重荷になっていた土地だけに、ナポレオンは即座に承諾をしたのであった。アメリカのとってまたとない大きな不動産の購入だった。

 

話をもとへもどすが、ケイジャン料理のひとつにジャンバラヤというのがある。これは米にソーセージ、鶏肉、ザリガニ、トマト、セロリをぶち込んで煮込んだもので、ケチャップのような味のするおじや風の食べ物ともいえる。イタリアのリゾット、スペインのパエヤとも共通性がある。ニューオリンズの名物とされ、当地のレストランで盛んである。

 

ケイジャン料理はフランスの食文化の継承といっても、貧しい移民としてやってきたフランス人が、食材の異なる新大陸で工夫しながら食事をこしらえてきた習慣や方式がケイジャン料理といわれるようになったのであろう。

 

ザリガニはオハイオでも魚屋で手に入るが、なんとも泥臭い匂いがなじめない。それでも、ルイジアナあたりの人たちには懐かしく、うまい食べ物なのであろう。