サンフランシスコ湾での魚釣り

 

サンフランシスコを後にしてベイブリッジを渡るとオークランド市に入るが、バークレー市はすぐその北に接している。1966年の夏から一年、筆者はカリフォルニア大学のバークレー校に研究者として在籍した。原子核工学の分野の博士論文は完成した後だったが、自由な時間がふんだんに出来てみると、勉強しなければいけないことが多すぎて、これまた疲れた。その疲れを癒す方法は、時折サンフランシスコ湾での魚釣りであった。

 

大学の構内からサンフランシスコ湾の海岸まではほんの数キロしかなく、車で10分とかからない。岸壁からは大きな桟橋が海のほうに突き出ていて、桟橋の床から水面まで3メートルはあっただろう。

 

釣りのコツが分かってくると、けっこうよく釣れたが、釣れる魚は日ごとに違っていた。ある日はイチモチだけが何匹も、別の日はサンマに似たスメルトと呼ばれている魚がつれた。別の日には魚は何も釣れなかったが、蟹がとれることもあった。

 

そんなある日、大きなエイが釣れた。エイであることは釣りあげるまで分からなかったのだが、手ごたえは普通の魚とはまったく異なり、なにか怪物がかかったかと思われた。重たくて、釣り竿では持ち上げられなかった。だから糸を引きながら桟橋の上をすこしずつ岸のほうに歩き、桟橋から降りて岸辺から水揚げした。長さは7~80cmもあっただろう。ずっしりと重たかった。それを住まいまで持ち帰ったものの、途方にくれてしまった。ある知り合いの意見で中華料理屋で買うだろうということなので、何軒か電話したが取り合ってくれなかった。仕方がないので自分で解体し、迷惑がる人もいたが、もらってくれそうな人に押し付けるように配った。自分のところでも煮つけでたべたが、新鮮なせいか、子供のときに食べたアンモニアのにおいのするエイとは全く異なり、非常に旨かった。

 

それから数週間して、自分では釣らないのに、キャビアの卵をとる魚であるチョウザメが舞い込んでくるはめになった。近所の人が、筆者がエイを釣ったのを聞きつけて、「あんたならこのチョウザメをなんとか無駄にしないで、食べてくれるだろうと思って」といいながら置いていったのであった。これも大きな魚で、当惑した。第一、煮て食べても、まずい魚で、人に勧めるわけにも行かず、結局苦労して捨てることになった。後で知ったことだが、ノルウェーやロシアでは、この魚を塩付けにして保存食にし、大事に食べるという。

 

チョウザメは淡水魚であるという話も聞いたので、不思議に思い調べたら、この魚は温度の低い海水に生息し、産卵のとき川にのぼって来るという。100~200年と長生する。産卵は何十歳もの歳をとらないとしないので、乱獲がこの魚の数を急激に減らしたという。キャビアの生産はロシアが中心らしいが、魚はアメリカの大きな川、例えばハドソン川にも上ってきて五大湖でも釣れることがあるらしい。

 

話が戻るが、サンフランシスコ湾の水は冷たく、サメの多いところであった。サメの姿は桟橋の上からもよく見かけた。サメが釣れなかったのは幸いであった。サメが多いといえば、サンフランシスコ湾のアルカトラツ島には大きな刑務所があった。アルカポネもそこに入れられていたのである。その刑務所も廃屋になり、何年か前から観光名物の一つになっている。当時牢屋を抜けるのに成功した囚人はいたが、夏でも海水温度が低いことと、サメが多いので海を泳いで渡ることは絶対に不可能であった。