2009.1.19

西村 三千男 記

 

書評 井上ひさし著「ボローニャ紀行」(2008年3月、文藝春秋社刊)

 

書名「ボローニャ紀行」に惹かれて購読してみた。戯曲作家である著者にとって、演劇

文化の盛んなボローニャは長年に亘る憧れの対象であった。著者は本書執筆の動機につい

て、この街が「30年間の机上の勉強」で「恋人よりも慕わしい存在」となっていた・・

・と述懐している。2003年12月にNHKから誘われて、教育TVの「福祉番組」の

取材にレポーターとして同行し、ボローニャを初訪問。その見聞録を月刊「オール読物」

に連載したものをまとめて出版した・・・経緯を述べている。

 

 著者の現在の夫人はイタリア在住経験があって、イタリアに詳しく、イタリア語に堪能

であるそうだ。本の中で夫人からイタリア語の文献を解説して貰ったり、イタリア事情を

解説して貰ったりする記述が何度か出ている。余談になるが、著者は前妻の西館牧子氏と

の間の家庭内暴力事件が有名になった。現在の妻はユーモア・エッセイストでロシア語通

訳の故米原万里氏の妹で、姉のロシア語に対して妹はイタリア語通である。この本の書き

出し最初の章の見出しは「テストーニの鞄」である。ミラノに到着して、空港出口の喫煙

コーナーで禁断症状を癒している間に、日本から携行したア・テトーニの鞄(これ実はボ

ローニャの有名革製品ブランド)を置引きされたことを、夫人に電話で報告するところか

ら始まっている。対する夫人の応対がこれまた面白い。「イタリアを甘くみたわね。イタ

リアは職人の国よ。だから泥棒だって職人よ。いつだったか、ナポリでアメリカの潜水艦

が盗まれた・・・」と夫や姉のユーモアに負けてはいない。

 

30年間ボローニャを敬愛し続け、この街の歴史や演劇について関心を持ち続けて勉強

した蘊蓄があるし、この著者独特のユーモア溢れる筆力もある。とにかく面白くて、読み

やすい。読み進む内に、読者は、ついつい、この街ボローニャへ行きたくなる。この著者

の筆にかかると、ボローニャ大学の草創物語、世界最初の人体解剖教室と宗教との相克、

ボローニャ名物の有名なポルティコの起源、第2次世界大戦中のボローニャのレジスタン

ス等々の複雑な史実が、少ない行数で活写されてストンと理解させてくれる。

 

2003年号の連載「ポコポコ・・・」「第4回イタリアの達人/小林元氏のこと」に

紹介した東レのOB・小林元氏のご意見「ボローニャはローテク機械工業が盛んである。

ティーバッグの折りたたみ〜包装機械の世界シェアーは約70%にも達する」はこの本に

は「ローテク機械」ではなく「精密機械」の名前で出てくる。リプトンのティーバッグも

岡本理研のコンドームもボローニャ製の機械で包まれる。伊藤園からの発注で金属製ホチ

キスのツメを使わないティーバッグシステムも新たに開発した。

 

2005年号に紹介した「ボローニャ国際空港は見本市の振興を目指すボローニャ市と

商工会議所の肝いりで出来た・・・」という話題「ボローニャ空港がおすすめ?」もこの

本に述べられている。商工会議所の持ち株シェアーは52%だという。

 

前半に「大泥棒とこそ泥」という見出しの章がある。大泥棒とはベルルスコーニ首相を

指している。「コムーネ」というイタリア語を巧みな比喩で解説している。多分、英語の

「コミュニティー」と同じ語源であろう。学術用語としては「自治都市共同体」と訳され

るが、日本の市町村からイメージするが如き自治体を意味するのではない。国とか国家と

かには何も期待しない。一に家族、二に友人、三に我が街・・・なのである。彼らの住む

街のことを決めるのは国でも、法律でもなく、彼ら自身である。住みよい街づくりは、住

民が協同組合をつくって自分たちで決める。住民が10人の小村も「コムーネ」、人口最

大のローマでも「コムーネ」は「コムーネ」。

 

この「コムーネ」が解れば、ボローニャが解る!!!  一読をお勧めしたい。

 

(以下次回)