温州みかんの歴史

 

日本の温州みかんと呼ばれる冬みかんの歴史をたどると、次のような話にたどり着いた。

神話時代

 田道間守(たじまもり)が垂仁天皇の命により
 非時香菓(ときしぐのかぐこのみ)を探し求め、
 海外から持ち帰ったのが橘、現在のみかんの
 原型である
              ~古事記・日本書紀より~

 下津町の橘本神社の周辺には持ち帰った蜜柑が
 植えられ、田道間守・熊野坐大神とい一緒に
 『蜜柑・お菓子』の始祖として祀られています。

 

(さらに詳しくはhttp://www.mikanfarm.com/information/history/mikan.html

 

田道間守は橘を捜し求めて、持ち帰ったときは垂仁天皇は崩御の後だったという話は、小学校の教科書でも習った覚えがある。そして、この橘が温州みかんの始まりであったという記事は多く見かける。しかし、田道間守がどこで橘を見つけてきたかについては、船で南方アジアのどこかに行ってきたらしいということ以外何の情報もない。

 

ところが、一方アメリカではスペインからの輸入でクレメンタインという名のみかんが10年くらい前から売り出されていて、その歴史をたどって行くと、筆者の推測だが、中国の関東地方ではないかと思われるに至った。

 

クレメンタインというのは日本の冬みかんと味も形もそっくりで、2kgくらいが箱詰めで売られていて、取り出すと箱の中で押されて四角い形になっているところまで、お歳暮用に箱詰になった冬みかんとそっくりである。

 

クレメンタインの歴史をしらべると、次のことが分かってきた。クレメンタインは温州みかんと同じくマンダリンオレンジの一種で、1902年に命名された。キリスト教神父である Clément Rodier という人が品種配合でつくりだしたという。そしてスペインとアルジェリアで大量の生産に成功し、輸出されている。しかしその品種については、マカオ等のすぐ北の関東(Guandong)、関西(Guangxi)地方(下の地図参照)でとれるみかんと差がないという主張もある。

 

ここで注目すべきなのは、中国の関東、関西地方がこの種のみかんの原産地ではないかと言うことである。この推測が正しいとすれば、田道間守が橘を見つけたのも、このあたりではあったはずである。

 

さて余談にはいるが、クレメンタインはカリフォルニアでも栽培されている。クレメンタインの特徴は種無しにある。ところが、蜂が花粉の交配をやりすぎると種が出来てしまうというのである。ある年、カリフォルニアで多数の蜂がやってきて、その年のクレメンタインの多くは種なしではなくなってしまった。怒ったクレメンタイン農家は近傍の蜜蜂業者に対して訴訟すると騒ぎ立てたという。アメリカらしい話だ。  中村省一郎 11-22-09

 

廣東 Guangdong

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廣西壯族自治區 Guangxi

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